『日本のひとって桜が好きね?』
『そうかな』
『だってみんな咲くのを楽しみに待っているのでしょう?』
『まあ、そうだけど』
くすくす笑うフランソワーズ。
僕はその横顔をそっと盗み見た。
綺麗だった。
『ね。この公園のこの木もあそこの木もみんな桜なんでしょう?春になったらどんな眺めになるのかしら』
『さあ・・・自分の目で見てみればいいんじゃない』
『あら、ジョーは見たことないの?』
『うーん。横を通り過ぎたことはあるけどな』
『・・・そうなんだ』
『うん』
それっきり黙りこんだフランソワーズ。
いったいその時、彼女が何を考えていたのか僕にはまったくわからなかった。
ただ、しばらく並んで歩いたあとでフランソワーズが公園を振り返りポツリと言った。
『・・・一緒に見られるといいわね――桜』
それが今回の宇宙へ行く前の話だった。
ずいぶん昔のような気がするけれど、そんなに遠い過去ではない。
――桜。
結局、僕達はその公園に行ってはいない。
行けずにいる。
僕はレースの準備に忙しくてそれどころじゃなかったし――
・・・いや。
そうじゃない。
本当は逃げていた。
一緒にあの公園で桜を見よう。
そう言って、
「なんのこと?」
と聞き返されるのが怖くて。
「どうして?」
と言われるのが怖くて。
だってフランソワーズはきっとあんな些細なことは忘れてしまっているだろうし、何も僕と見たいとはっきり言ったわけではないのだ。
あれはきっと、そういう意味ではなくて――そう、無事に戻って来られるようにというそういう誓いのような意味だっただろうから。
だから。
「僕と」桜を見たいというわけではなくて、「みんなと」見られるといいわねとそういう意味に違いないのだ。
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