「雨と桜」
雨粒が桜の花びらを伝って落ちてゆく。 ひとつ。 またひとつ。 静かに降る雨に濡れる満開の桜。 少し自慢げに言ってみた。 「ウン……そうだね」 しかし。 上を見てたら降ってきたんだ。とジョーが天を仰いでみせる。 「まったく。雨の日に桜を見ようなんて誰かさんが酔狂なことを言うから」 それは見なかったことにしよう。 「――どうだか」 ただ、――黙ってそばにいる。 いてくれる。 ただ、今は。 雨に濡れる桜を見ながら、もう少しこうして甘えていてもいいのかもしれない――と、思っていた。 自分勝手に。 「――そうね」
時には花びらも落ちてゆく。雨粒と一緒に。
「……綺麗ね」
じっとその様子を見つめ、フランソワーズが呟いた。
「雨のなかのお花見っていうのも、案外良かったかもしれないわ。ね、ジョー」
しかしジョーはじっと桜を見上げたまま答えない。背をこちらに向けたまま。
――ジョーがお花に見惚れるなんて。
珍しいこともあるものね…とフランソワーズは胸の裡でくすりと笑った。
「やっぱり来て良かったでしょう?」
何しろ、渋る彼を引っ張って連れてきたのはフランソワーズなのだ。自慢くらいしてもいいだろう。
くるりと振り向いた彼の顔を見て、フランソワーズは真顔になった。
ジョーの頬に涙の粒。
「……泣いてたの?」
「えっ?」
「……ほっぺが濡れてるわ」
「雨だよ」
「……でも桜、綺麗でしょ?」
「まぁな」
「素直じゃないのね」
「お互いさまだろ」
ジョーが桜を見つめ何を思っていたのか知らない。
でもそれを敢えて訊くのは、おそらく不粋なことなのだろう。
彼の頬が濡れていても彼が泣いていないといえば泣いていないのだろうし、雨粒だというなら雨粒なのだろう。
例え彼の瞳の縁が赤くなっていたとしても。
「あら、私はいつも素直よ」
こうして自分を甘やかす度量の大きさがフランソワーズの素直じゃないところなのだとジョーは思う。
本当は涙なのでしょうとわけを訊こうとしない。泣いているのを何故認めないのか追求しない。
ジョーは、それが不満なのか安心してしまうところなのかわからなかった。
「少し……雨が強くなったみたいだな」
頬を濡らす雨粒がほんの少し増えたようだった。
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