「お花見」
「もお、ジョー。あーつーいー」 途端、心底驚いたようにジョーの声が真剣になった。 「こんなに混んでいるのに、はぐれたらどうするんだ。一生会えないかもしれないんだぞ」 ジョーは少し怒ったように言うと、更にフランソワーズを引き寄せた。 「まったくもう…」 眉間に皺を寄せてみるものの、背後にいるジョーには見えない。そう。彼はさっきからフランソワーズの肩に両腕を回し、ぴったりくっついたままなのだ。歩きにくいことこの上ない。 お花見デートに選んだ公園は日本有数の花見の名所であり、満開の今はかなりの人出であった。 「うん?」 「桜がきれいね」 「ああ。そうだね」 けれど。 こうして一緒に桜を見られるのはあと何回あるだろうか。 だったら。 こうして見る桜の日があったっていい。 口で言っているほど嫌じゃないのだ。 一緒に桜を見ていたい。
唇を尖らせ思いきり不機嫌なのはフランソワーズ。
対するジョーは上機嫌この上ない。
「ほらほら、せっかくのデートなのに美人が台無しだぞ」
「知らない」
「桜がきれいだよ、フランソワーズ」
ジョーの言うほうをちらりと見つめ、まあ確かにきれいよねとフランソワーズは頷いた。
が、それとこれとはまた別問題である。
「ね。ジョー。暑いから、いい加減に…」
「何を言うんだ」
「もう…そんなわけないでしょう。会えるわよ、すぐに」
「フン。すぐって何分何時間だい?僕は一秒だって嫌だね」
「だから、はぐれたりしないってば…」
「そんなのわかるもんか。もしかしたら誰かにさらわれるかもしれない」
「さらわれません」
「絶対大丈夫なんて誰も保証できないだろ」
「そんなに心配することかしら。この公園、広いけど果てしないわけじゃないわ」
「だからそういう問題じゃないんだってフランソワーズ」
はたからみれば、ジョーはまるでフランソワーズの背後霊である。
だから、はぐれたら大変とこんなことになっている。
「ねえ、ジョー」
普通に手を繋ぐっていうのじゃだめなのと訊こうとして…ジョーの顔を見てやめた。
彼女の肩に顎を乗せたジョーはなんとも至近距離にいる。その横顔が近年稀にみるくらい満足そうだった。
もう…仕方のないひと。
「なんだい、フランソワーズ」
背中が暑い。
くっついているの、恥ずかしい。
それこそ、ジョーが言うように保証はないのだ。
むしろ、ああごめんなどと言ってあっさりジョーが離れたら心に穴が開いたみたいに寂しいだろう。
「ふふん。まあ、フランソワーズのほうがきれいだけどね」
「ま。お花には負けるわよ」
「勝ってるよ。僕にはね」
「もう。ちゃんと桜を見て頂戴。今日はお花見なんだから」
できるなら、来年も再来年もその次も。
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