「一緒に寝ようね」

 

「一緒に寝ないって・・・」


僕は耳を疑った。
目の前にいるフランソワーズは涼しげな顔で僕に爆弾を投げてくる。

「いったい、どうしたんだい?」

わけがわからない。

「どうもしないわ。あなたとは一緒に寝ないって言っただけ」
「わからないな。今日に限って」

彼女が日本に来てから一週間。毎晩仲良く一緒に寝ていたのに。

「あら、今日だけじゃないわ。これからずーっとよ」
「ずっと?」

これはタダゴトではない。

「フランソワーズ、いったい・・・」
「もう嫌なの」
「嫌って」

嫌われた。

と思ったのは、ほんの一瞬だった。
なにしろフランソワーズは僕を嫌いになったと告白するような雰囲気ではなく、怒っているようなのだ。
軽く唇を尖らせて。でも少し甘えるみたいな。

「だってジョーったら酷いんだもの!」
「酷い?」

何が?

「覚えてないの!?」
「覚えてないよ」

全く心当たりはない。

「寝言で、あなたったら・・・」

言いかけて、んもう!と足を踏み鳴らした。両手は拳を握って。

「・・・見て、この痣」

くるりと袖をまくって腕を示す。
見事な痣ができていた。

「いったいどうしたんだい?」
「どうもこうもないわよ。あなたのせいよ」

僕のフランソワーズに何をするんだ許さないぞと拳を固めた僕は、彼女の言葉に絶句した。

「・・・僕のせい?」

僕が君に何をしたというのだ。

「・・・ベッドから落ちたの、覚えてないの?」

ベッドから落ちた・・・?

「もちろん、あなたは守ってくれたけど、でもね」

 

 

 

それは昨夜の事だった。

ジョーの隣で眠っていたフランソワーズはジョーの声に起こされた。

「危ないっ!!」
「えっ?」

声と同時に体でかばうように抱き締められ、そのままベッドの上をごろごろ転がった。ジョーと一緒に。
そして、その勢いのまま落下したのだった。
もちろん、落下時はジョーが下敷になって守ってくれたけれども。

「・・・ジョー?」

しばらくしてジョーの胸から体を起こしたフランソワーズは呆然とした。
何故なら彼は、ぴったりと目を閉じて眠っていたのだから。

「え?ちょっと、ジョー?」

キョロキョロと見渡すベッドルーム。
そこには何もおかしなものはなく、いつもの通りの部屋だった。

 

 

 

「・・・へえ」

そんなことがあったのか。全く心当たりがない。

「続けて二日よ?寝惚けるにも限度ってものがあるでしょう」
「そう言われても」

僕には全く心当たりがない。

「いったいどんな夢を見ていたのか知りませんけど、今日こそはゆっくり寝させてもらいますから!」

つんと横を向くフランソワーズ。
参ったなと頭を掻いていたら、ひとつ気になることがあった。

「ところで、ベッドから落ちた後どうしたんだい?」
「どうって?」
「いや・・・朝起きた時はベッドの上だったし」
「そんなの」

何故かフランソワーズは頬を染めた。今朝の事を思い出しているのだろうか。
・・・うん。今朝は楽しかったなあ。
でもそれは、一緒に寝ていたからできた事で、もしも別々に寝ていたのならとてもじゃないけどできなかっただろう。

「もう、ジョーったら、にやにやするのはやめて頂戴」
「だからさ、どうしてベッドの上に」
「そんなの。・・・私が引き上げたに決まってるでしょう」
「出たな、力持ち」
「酷いわ、それ言わないって決めてたでしょ!」
「ふふん。だったら余計に一緒に寝なくちゃだめだ」
「何よそれ、全然わからないわ」
「そうかな。だったら訊くけど、もし僕がまたベッドから落ちたら、誰が引き上げてくれるんだい?」
「自力でどうぞ」
「無理だな。たぶん君は僕の落下音を聞いて駆け付けてくるだろうし」
「行かないわよ」
「いいや、君は来る。最初は放っておいても、後で必ず様子を見に」

黙りこむフランソワーズ。
僕の勝ちだ。

「そんな落ち着かない時間を過ごすより、一緒にいて安心するほうがいいと思わない?」

しばらく僕の顔をじっと見つめ、長い息を吐き出した。

「もう・・・口がうまいんだから」
「必死なだけだよ」

 

そうして今夜も一緒に寝ることになったのだけど、やはりまた昨夜と同じように落ちたらしい。