「言ってないよ」

本当に忘れている。王女の名前。・・・いったい、何て言う名だったか。

「言ってたわ」

そんなはずはない。
大体、どうしてフランソワーズと一緒に居る時に他の女の名前なんか呼ばなければならないんだ。
有り得ない。

「言ってない」

僕はナイフとフォークを置いた。
ホットケーキはまだ少し残っていたけれど、いまは食べるより話すことのほうが重要だった。

「・・・残すの?」
「いや、後で食べるよ。それより、」
「残すんだ」
「食べるって。それより、話を聞いてくれ」
「イヤ」
「フランソワーズ」
「だって、嘘ついているもの」
「だから、嘘じゃないって」

じっと見つめてくる蒼い双眸。睨むかのように。挑むかのように。
どうやら本気で言っているらしいフランソワーズは、やっぱり――凄く綺麗だった。

僕は小さく息をつくと改めて言った。

「嘘じゃないよ。そんなに信じられない?」
「・・・そうじゃないわ」
「じゃあ何」
「・・・ジョーは、私のこと」

まさか、どう思ってるの――なんて訊いたりしないだろうな?

「・・・どう、思ってるの?」

――頼むよ、フランソワーズ。何だって今更そんなこと・・・
ぐしゃぐしゃと頭をかく。ああもう。何だって朝一番にそんなことを訊くんだよ?
僕に、朝から晩まで君のことをどう思っているのか言い続けろというのか?

「――昨夜、たくさん言ったと思うけど」

そう言うと、頬を染めて俯いてしまった。小さく「ジョーのばか」と言って。

ふん。ばかで結構。
大体、昨夜から今朝にかけてさんざん言ったのにまだ通じてないってどういうことだよ?
僕はそんなに――信用されていないのか。

「傷つくなぁ。・・・何度言っても信じてもらえないなんて、どうすればいいんだよ?」

だって、王女の名前を呼んでいたから。と小さく言われる。

「――!言ってないし、忘れたと何度言えば」
「本当に?」
「ああ。本当だ」
「・・・本当、ね?」
「もちろん」

一瞬目を瞑って、そうして――やっと笑顔を見せてくれた。

「わかったわ。・・・やだもう、安心したらお腹空いちゃった」

そういえばフランソワーズはさっきから何も食べていなかった。

「先に食べたかと思ってたけど」
「ううん。食欲がなかっただけ」
「・・・そう」
「ね。ひとくちちょうだい」
「え」

これを?

「――いいけど・・・」

ひとくち大に切って、彼女に食べさせる。すると。

「――ん!!・・・・なにこれっ・・・!」

なにこれ、ってホットケーキだけど。君が作った。

「やだっ。ジョーったら、こんなの平気で食べてたのっ?」
「こんなの、って」
「ああもう、歯が溶けるくらい甘いじゃないっ。どーして平気な顔してるのよっ」
「どうして、って」

君が作ったものだから。

「やだもうっ。砂糖の分量間違えてるわっ。もう、・・・それ、こっちにちょうだい。作り直すから」
「いいよ」
「だめよっ。そんなの食べたら胸焼けするわよ」
「いいよ」
「だって」
「だめ。渡さない」
「だって、そんなの」
「渡したら捨てるだろう?」
「当たり前よ、そんな失敗作。やだもう、いつもはもっと上手く作れるんだから。本当よ?」
「やだね。捨てるなんてもったいない」
「だって、ジョー」
「なんで君が作ったものを捨てるんだよ。僕のために作ってくれたのにさ」
「・・・だって」
「大丈夫。ちゃんと全部食べるよ」

そう言うと、フランソワーズはあっと言う間に僕の隣に来て、そうして――

「・・・ごめんなさい」

僕の首筋に腕を回し、肩に頬を押し付けそう言った。

「何で謝るの」

僕はそんな彼女を抱き締める。

「・・・ごめんなさい」