「ウナギの日」
久しぶりにフランソワーズを抱き締めて眠った翌朝。 いつもと比較すると格段に早い時間にジョーは半分ぼうっとしながら食卓についていた。 フランソワーズがいる時の朝は早い(ジョー比)。 同じ空間にいるのに、眠っていて顔を見られない時間のほうが多いなんて許せるだろうか? そんなわけで、今朝もジョーは頑張って起き出してきた。 昨夜は久しぶりにフランソワーズを抱き締めて眠った…が、よくよく思い返すとなんだか最近は「久しぶりに」という感じがしなくなっている。 ジョーは卓上のカレンダーを見た。 今月に入り、フランソワーズと会ったのは… 「うん」 「ありがとう…うん?」 「なあに?」 と、訊きたいがなんだか訊けない。 まあ、確かに朝食である。 が。 「ねえ、フランソワーズ。今日はパンケーキじゃないんだね」 無難な角度からアプローチしてみる。 「ええ。たまには和食もいいかなと思って」 まあ、確かに和食だ。が、朝から食べるにはちょっと重い。 「もしかして嫌いだった…?」 と、どう説明したらわかってもらえるだろうか。 あるいは、説明しないほうがいいのか。 ジョーの葛藤をよそに、フランソワーズはにこにこと続けた。 が。 あるいは、日本語に不慣れを装い実は全部計算通り…ということもある。フランソワーズなら。 一瞬、目があったフランソワーズに微笑まれ、またむせた。 日本語に不慣れなんてとんでもない知能犯がそこにいた。
彼女はいつもの自分の生活リズムを崩すことなく過ごすから、朝食の時間は決まっているしジョーはそれに付き合うのだ。
もちろん、付き合わなくてもいいとは言われている。がしかし、フランソワーズと一緒にいる時間はかなり貴重だったから、ジョーは彼女の時間に極力合わせることにしていた。
だが頭はまだ目覚めていない。
ぼうっとしながら目の前に置かれた冷たい麦茶を飲んだ。
「おはよう、ジョー」
さわやかな声が降ってきて、ジョーはそちらに顔を向けた。
花柄のエプロンにタンクトップとショートパンツというカジュアルな姿のフランソワーズがいた。
朝から物凄くさわやかだ。
「おはよ…」
煙草すってもいい?と訊こうとしてやめた。
ここのところ喫煙者は肩身が狭い世界になっているが、それは何故かジョーの部屋にも及んでいた。
なにしろ、灰皿を探すのにも一苦労である。自分の部屋なのに。
「朝御飯、食べられる?」
フランソワーズの作ったものならなんだって食べる。
これについては、ゼロゼロナインにはそういう機能がついているのではないかとジョーは常々思っていた。
「はい、どうぞ」
目の前には湯気を立てているごはんとお味噌汁。
「あの、フランソワーズ…」
朝からこれ?
フランソワーズの様子を窺うが、対面に座った彼女はいただきますと言うと普通に食べ始めた。
「いや、そんなことないよ。大好物だ」
「良かった。昨日、あちこちで売ってたのよ。なんでも今日は全国的にうなぎを食べる日なんですってね」
「う、うん…」
「夏バテ予防って聞いたわ。凄いわね、国をあげてのキャンペーン。国民全体の健康に対する意識の高さが窺えるわ」
「う、うん…」
「昨日お店のひとが教えてくれたの。うなぎには滋養強壮の効果があって、蒸し暑い日本の夏を乗り切るには必要な食材だって」
「う、うん…」
「それに、蒲焼きになってるから温かいごはんの上にのせて少しあっためたらそれですぐに食べられるって、凄く簡単。朝食にちょうどいいわって思ったのよ」
土用の丑の日にうなぎを食べるのは平賀源内が作ったキャッチコピーにすぎなくて、日本人が健康に対する意識が高いわけではない。
「だからね、たくさん買っちゃったの」
「え」
「だって今日はうなぎを食べる日なんでしょ?」
「まあ、…そうだけど」
「滋養強壮に効果抜群なんですって」
「…」
「ジョー?どうかした?」
強壮…の意味がわかっているのかいないのか。フランソワーズの顔からは判断できない。
「いや、…美味しいよ」
「ウフ、良かった。これで今日も頑張れるわね」
むせた。
「ん?う、何が?」
何を?
「今日も暑さに負けず過ごせるわねって…」
「あ、ああ…」
なんだ。驚いた。
「私も頑張るわね」
「そうだね」
全く、フランソワーズの言い方は体に悪い。ついつい別の意味にとってしまう。
あるいは、別の意味にとってしまう己に問題があるのかいかんいかん…とジョーが反省しながら鰻丼を食べていたら。
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