「勝利の女神を独り占め」
優勝したのは勝利の女神がいたせいなのかどうかはわからない。 ただひとつの真実を除いて。 *** 「――もうっ。ジョー。くっつき過ぎよ」 僕の隣で微かに身をよじり、頬を赤くして小さな声で言う勝利の女神。 「ん、もう。聞いてますか?ハリケーン・ジョー」 僕の耳に唇を寄せ、怒ったように言う。瞳をキラキラさせて。 「ジョー?」 噛み付きそうな勢い。 「もうっ。いい加減にして頂戴」 周囲の喧騒に消されないよう、耳元に口を寄せ半ば怒鳴るように言うフランソワーズ。触れる吐息がくすぐったい。 「ジョー。何笑ってるのよ」 だってくすぐったいから。 「うん?別にい」 一瞬、僕を疑わしそうに見つめ、フランソワーズは再び口を開く。 「ね、もう離して」 ――別に見てたっていいじゃないか。 そう。僕達は今、レース後の打ち上げの席にいるのだった。 「誰も見てないよ」 テーブルに頬杖をついて斜めからフランソワーズを見つめる。 「・・・でも」 不満そうに唇を尖らせるその顔が可愛くて、僕は思わず抱き寄せてキスをしていた。 「あ、もう、こら」 頬を朱に染めて僕を睨みつけるその顔もまた可愛い。 「そろそろ消えない?」 途端に口ごもるフランソワーズ。 「今日の勝者に勝利の女神からの祝福が欲しいな」 フランソワーズは気付いていない。 「・・・まあ、そうね。今日の勝者には敬意を払わなくちゃ、ね」 フランソワーズは少し考えたあとにっこり笑むと、僕の頬に音をたててキスをした。 ――え。まさか、・・・これだけ? そんな僕の声が聞こえたのか、フランソワーズはじっと僕の目を見つめて言った。 「あら。――消えるんじゃなかったの」 ――んっ? 覗き込んだ蒼い瞳は、いたずらっぽく煌いていて。 一瞬後、一陣の風とともに僕達の姿が消えてもきっと誰も気にしなかっただろう。 僕も――酔っていた。 柔らかくて温かい、僕の勝利の女神に。
マスコミはこぞって面白おかしく書き立てているけれど、僕にとってはどうでもいい事だった。
けれども僕は彼女の腰に回した腕を緩めたりなどせず、更にぴったりとくっつくように引き寄せた。
君は怒っている時が一番キレイだね――なんて言おうもんなら、口をきいてくれなくなるかもしれないけれど。
君にだったら噛まれても構わないよ、僕は。
そう言う代わりに金色の髪にキスをひとつ。
「やだね」
「だって・・・ホラ、みんなが見てるわ」
宴会というより既にハチャメチャの宴の席。周囲には勝利に酔いしれすぎているスタッフが散っている。
うん。この角度もいい。
一瞬だけ。
「――ね。フランソワーズ」
「何よ」
そんなに怒ったら、まるで僕を誘惑しているみたいだけど?
「えっ・・・」
全く、彼女はいつになってもこういう風に恥らうから新鮮だ。
だから僕は、余計に一秒でも早く彼女を独り占めしたくなってしまう。
「勝利の女神、って・・・。私は何もしてないわ」
こうしてそばにいるだけで、僕にどれほどの力を与えているのかを。
勝利の女神だとか、そんな事は実はどうでもいい。
僕はフランソワーズさえ隣にいればそれでよかった。
そのくらい、宴の席は何がなんだかわからなくなってしまっていた。
みんながみんな、今日の勝利に酔いしれまくっていたから。