「Choice」
今回は、常識的な大きさの花束だった。ブーケのようで可愛らしい。 自分の手元を見つめ、ふっと笑む。 ジョーも成長したわよねぇ・・・。最初の頃は、信じられないくらいの量のバラだったもの。 右手にはジョーの腕。 白鳥の湖。 久しぶりの古典に、バレエ団全体が沸き立っていた。 「たまには観てくれてもいいじゃない」 言って、そっと絡めた腕に頬を寄せる。 ――アナタ以外のひとなんか目に入らないの、知ってるくせに。 「――ねぇ。『白鳥の湖』のお話ってちゃんと知ってる?」 ベンチに並んで腰掛ける。 「――というお話なの」 ジョーの顔を覗き込む。が、彼は憮然とした表情だった。目が笑っていない。 「ジョー?どうかした?」 私のジョーはこのひとよ。と、絡めた腕を引き寄せる。 「だろう?僕だってそうさ」 コラ、と言いながら、自分の腕にもたれているフランソワーズの髪にキスをする。 「間違えるわけがないだろう?」 もたれていた腕から体を離し、ジョーを見つめる。目が合った。 「僕はそんなに信用できないかい?」 そうしたら失意の私は湖に身を投げて―― 「フランソワーズ!――全く、きみはいつもすぐそう言って」 「――大丈夫よ」 ジョーの頬を両手で包み、自分の方を向かせる。 「あなたはそんな心配しなくていいの」 そうっとジョーの唇を指先でなぞり―― 「すぐにわかるようにしてあげるから。あなたが選ばなくてもいいように。私がちゃんと、解るようにしてあげる」 そうして、ジョーの唇に自分の唇を重ね―― 「――ふ、フランソワーズ」 あなたにどちらの私が本物なのかなんて、そんなこと選ばせない。そんなことで苦しませたくない。 ――大丈夫よ。 「・・・こんなキス、いったいドコで覚えたんだい?」 しばらくして離れると――ジョーが赤い顔をして言った。 「あなたが教えてくれた通りよ?」 そうだったかな?とブツブツ言っているジョーから離れ、腕を伸ばしていつの間にか膝から落ちていた花束を拾い上げる。そうして、花束を手にしたまま立ち上がり、ジョーの前に回り込む。 「さ、王子様。そろそろおうちに帰りましょう?」 ジョーはその笑顔に一瞬見惚れて 「・・・そうだね」 蒼い瞳の持ち主に笑顔を返した。 たぶん、僕は――きみがきみでいる限り、絶対に間違えないよ。どうしたって間違えようがない。
もちろん――それもとっても嬉しかったけれど。
左手には花束。
今日のフランソワーズはいつもより上機嫌だった。
配役が決まってからはレッスンに明け暮れる日々が続き、ジョーとはすれ違いの毎日だったけれど気にならなかった。
何しろ、「公演の日は観に行くよ」と早々に約束してくれたのだから。
とはいえ、彼が舞台を観ることは奇跡に近かった。一応チケットを渡しておいたけれど、フランソワーズはあまり期待しないでおこうと心に誓っていた。後でがっかりするのはやっぱり避けたかった。
そして、やはりジョーは舞台を観てはくれず、楽屋口で彼女を迎えたのだった。
「絶対、ヤダ」
「もう。――ヤキモチやきね。ジョーは」
「知らない」
「だと思ったわ。あのね――」
公演後の今はすっかり闇に支配されており、目の前を流れる川に街灯がきらきら反射していた。
「・・・ふうん」
「悲しいお話でしょ?」
「――許せないな」
「何が?」
「その王子だよ」
「――?」
「どうして顔が同じだからって間違えるんだよ」
「・・・どうして、って・・・」
「いくら全く同じ姿をしてたとしても、自分の愛してる人がどっちなのかわからないはずないだろう?」
「んー、でも、ふたり一緒に王子の前に現れたわけじゃないもの。間違えることもあるんじゃない?」
「じゃあフランソワーズは、僕が二人いたら迷う?どっちが本物か」
「まさか。迷うわけないでしょ?」
「・・・ホントかしら」
「何で信じないんだよ?」
「ん・・・どうかしら」
「だって、ウッカリ間違えそうだもの」
僕の腕からすり抜けるみたいに。
花束は膝の上に大事に載せて。
「だめ。まだ途中よ」
だから、必ず――会った瞬間にわかるようにしてあげる。「選ぶ」のではなくて、「わかる」の。わかってしまうの。すぐに。
あなたのフランソワーズはこっちよ、って。だから心配しなくていいの。
フランソワーズの答えを待たずに彼女を自分の胸に抱き締めて。
「・・・そうかな」
「そうよ?」
「ん――」
少し屈んで褐色の瞳を覗き込んだ。
何故なら、僕はきみを・・・