「髭ジョー」 A

 

 

 

「うーん。どうもしっくりせんのだな」


グレートは自分の作品をいま一歩離れて眺めた。

「素材は良いのになぁ。何かが欠けてる」

ううむと唸り腕を組んだ。


「色気じゃないのか」


ドア口から声がして、振り返るとにやにや笑いのハインリヒだった。


「まだまだ坊やだからな」
「しかし、意外と経験は積んでいると我輩はみた」
「そっちの経験じゃないさ」
「ん?そっちとは、ハテどちらの……」

二人が謎めいた含み笑いをしているのを横目に、当の本人が口を開く。

「やっぱり似合わないよ、取ってもいい?」
「や、ちょっと待て」
「面白いからしばらくそうしてたらどうだ」
「もうさんざん遊んだだろ、グレート」
「なっ、遊ぶなどと人聞きの悪い。お前さんの注文じゃないか」
「こんなにいろんな種類があるなんて思わなかったんだよ」
「まあ待てジョー。記念撮影くらいさせろ」
「笑いながら言うなよハインリヒ」


リビングで映画を観ていたジョーがぽつりと「僕にも髭があったらなぁ」と呟いたのが事の発端だった。
偶然、リビングにやってきたグレートが聞きつけ、だったら舞台道具があるから髭をつけてやるぞと提案。
それに乗ったジョーは彼の部屋であれこれ髭を試すことになった。
ついでにグレートによるメイクも施され、見た目は新人俳優売出し中となったのだが――

顎鬚、頬髯、カイゼル髭、泥棒髭etc.

さんざん試すうちに飽きてうんざりしてきたジョーだった。
それをなだめすかして、現在ジョーのつけているのがグレート渾身の作であった。

「なるほど、色気が足りないか……」
「そうだな」

憐れむように自分を見る二人。その残念そうな瞳にジョーが耐えられなくなった時、戸口から声がかかった。


「なにしてるの?楽しそうね」

「うわっ」

こんな遊んでいる姿を見られたくはない。似合っているならまだしも、色気が足りないと散々の評価なのだ。

「ジョー、動くな」
「離せっ」
「おおマドモアゼル、いいところに」

フランソワーズの目に映ったのは、グレートに羽交い絞めにされたジョーと携帯カメラを構えたハインリヒだった。

「まぁ、ジョー!!」

似合わない残念な姿をフランソワーズに見られるとは。痛恨の極みだった。
しかし。


「口髭が似合うのね!」


えっ。


ジョーよりも他の男二人が驚いた。

子供がいたずらして口髭をつけたようにしか見えないのに?
残念ながら、口元に何かついているようにしか見えないのに?

似合う?


「えっ……そうかな」

ジョーが相好を崩す。

「ええ」

フランソワーズはジョーに近寄ると、そっとその口髭をつついた。

「素敵よ?」
「でも痒いんだけど」
「取っちゃ駄目」
「えー」
「口髭のジョーなんてレアだもの。今日一日くらいこうしてて」

男二人が、フランソワーズにはどう見えているんだ、メンテナンスを受けたほうがいいんじゃないのかとひそひそやりだしたが、それを華麗にスルーしてフランソワーズはジョーにちゅっとくちづけた。

「うふ、お髭がくすぐったい」
「慣れればだいじょうぶだよ」

ジョーの一言に目を剥いた。
が、彼はそんな二人を全く無視して今度はフランソワーズを抱き締め熱烈なキスを――

ああもう、好きにするがいいさ!


「やあねもう、ジョーったら。慣れるまでキスするの?」
「今日一日そうしててって言ったろ?」
「もう……ジョーのばか」