3月3日は3がいっぱい?
3×3 ?

 


―1―

 

「あら、そのネイル素敵ね」
「ありがとう」

昨夜初めて塗ってみた新色をほめられ、スリーは微かに頬を染めた。
単純に嬉しい。
なにしろ、今朝のギルモア邸のリビングでは誰一人気付かなかったのである。
まあ、普段からスリーがどんな格好をしていたって誰も何も気付かないのだから、期待する方が無理な話なのだけれど。
やっぱり女同士っていいなあなどと思うスリーだった。


一方、ネイルを褒めた方の彼女はというと…


スリーの反応を見て、ははんこれはナインからのプレゼントに違いないと思っていた。
女同士で褒めあって頬を染めるなど可愛らしい反応をするのなんて、恋人からの贈り物を褒められた時以外の何者でもない。
初々しくていいなあ…と内心ため息をついた。

当方は何かと忙しくて困る。

今朝だって、新しい香水をつけたらそれって新作だよねだの、誰に貰ったんだだの、うるさくつきまとわれた。
あまりに面倒だったのでそれらの質問には答えず、待ち合わせしていたこのカフェに来たのだ…が。やれやれ。


「どうかしたの?」

スリーが心配そうにこちらを見ている。

「えっ?」
「ため息ついてたから」
「ああ…それはね」

声にでちゃってたかと反省しつつ、肩を竦めながらそっとカフェの外に視線を向ける。
その視線を追ったスリーはアラと小さく声に出し慌ててカフェオレを飲み込んだ。

カフェの外の通りを渡った向こう側。
こちらなど全然気にしていませんよといった雰囲気で佇んでいるのは超銀ジョーそのひとであった。

「まったくもう…ストーカーなんだから」

そう言いつつどこか嬉しそうな超銀フランソワーズである。
ストーカーなんじゃなくて、心配してるのよね。愛されてるんだわ…いいなあ。
と、やや落ち込んだスリーだがそれは内緒の話。

だが、スリーは知らない。

自分がプレゼントしたネイルをつけて出掛けたスリーがどこで誰と会うためなのかつきとめるため、ナインがいままさにこの界隈に潜伏していることを。

 


―2―

 

「ああもう。新しい靴なんて履いてくるんじゃなかったわ」


新しいハイヒール。しっかり靴擦れしてしまい、 REフランソワーズは顔をしかめた。

「そこらへんに何かサンダルとか買いに行く?」
「ええ、そうね…」

しかしREフランソワーズは腰を浮かせる風でもない。
何か話でもあるのだろうかと思っていたら、やはりそうだった。
まあ、こうしてカフェに待ち合わせたこと自体、おしゃべりが目的なのだから当然といえば当然なのだけど。

「ねえ。新しいハイヒールってどう思う?」
「どう、って…」

REフランソワーズの足下をちらりと見て

「いいじゃない。似合ってるわ」
「ありがとう。普通はそういう反応よね」
「え?ええ…」

それ以外にどんな反応が?と訝しく思っていたら。

「それで僕を踏んでくれっていうのよ…あのバカ」

大体、踏むといったってどこをどれくらいの強さで踏むのかわからない。
それに、それっていったいどんな性癖…と、ややどんよりしたのも事実。
しかも笑顔で言われたのだ。
これは愚痴って笑い者にしてやるしかないと意気込んで来たのだ…が。

「あら、踏んだらいいじゃない」

えっ?

すました顔でコーヒーに口をつける原作フランソワーズ。

「本人の希望なんでしょう」
「え、でもいったいどこを」
「どこでもいいのよ。本人の希望なんだから」
「でも、それって変態…」
「やだわ、REフランソワーズったら」

カップを置いて、原作フランソワーズがコロコロ笑う。

「ジョーが変態じゃないなんて、そっちのほうが異常だわ」

自分たちも長い付き合いだが、三十年の空白は長かった。
原作組は深いなと改めて思うREフランソワーズだった。

 


―3―

 

「でね。それを見て自分達がそうなったらどうしようって思ったらしいの」
「ふうん」
「ドラマよ?作り物の。しかもラブコメディ。どこに感情移入して泣く要素があるのよ」
「え、…それは…」
「大変だったのよ。本当に」
「あ、まあ…わかるけど」


新ゼロフランソワーズと平ゼロフランソワーズ。
カフェで向かい合って座り、互いに温かい飲み物を前にしている。

今日は久しぶりの女子会である。

003同士で会うというのは簡単なようで実は難しい。あくまでも「女子会」なのだから、女の子だけの集いなのだ。
そのはずなのに、常にどこかの誰かの009がくっついてきてしまう。公然となのか隠密なのかはさておいて。
どうしてこう放っておいてくれないのだろう…とは、どの003も等しく思うところだった。まさか、姿が見えないと不安になるなどという幼児めいた感情が元ではないだろう。だとしたら、五才児のほうがまだ聞き分けがある。

「そのドラマって、あれでしょう。月9の」
「そうなの。あなたも見てるの?」
「ええ」

そうしてお互い目と目が合って、曖昧に笑った。そう、笑うしかない。

「登場人物がキスしようとしたら、お互いに別の人としてしまった…って、…ねえ?」
「いくらコスプレで防護服姿の私達みたいだったからって、…ねえ?」

たまの女子会。
003だけの女子会。

楽しみにしていたのに。

二人揃ってため息をついて、かなり離れた席にいる他の四人の003を見た。
まったく。どうして自分たちはあの輪に入れないのか。

「ほんとにもう…ただのドラマでしょう、ジョー」

落ち込むの長くない?と、新ゼロフランソワーズは隣を見た。
あのドラマ以降、フランソワーズの手を離してくれないジョーである。
新ゼロフランソワーズが再びため息をつきそうになったところで、若干能天気な声が向かいの席から発せられた。

「そうだよ、ただのドラマじゃないか」

ね、フランソワーズ?とにこにこしながら隣を見る赤褐色の瞳。

「ね、フランソワーズじゃないわよ。だったらどうしてあなたがここにいるの。今日は女子会って言ったじゃない」
「え。だってそれは…いないと心配じゃないか」
「だからってついてくることないでしょ」

にこにこと隣に座っているのが当然のような顔をしているのは平ゼロジョー。ホットチョコレートにトッピングされていた生クリームが鼻の頭についていて、平ゼロフランソワーズに鼻先にキスされ赤くなっている。

なぜ彼はここにいるのか。

話の流れからみれば、おそらくジョーと同じ理由だろう。
要は、暗く落ち込んでいるか明るく落ち込んでいるかの違いだろう。

どちらもやっかいよね。

新ゼロフランソワーズは思いながら、まあでもそのくらい手がかかるのがジョーよねと、握りしめた手にそっと力をこめた。