「赤ずきん」
「おおい、赤ずきん。そっちに行ったらまた道に迷うぞ」
「走るの速いな、赤ずきん」 やっと息が整ったのか、赤ずきんがつんと顔をあげてまっすぐに相手を見た。 「ふうん。近道。なるほどね。最近では狼の通り道をそう呼ぶんだ?」 もちろん強がりである。知らずに危険な道を行くところだった…と、この狩人に知られるのは口惜しい。 しかし。 以前、窮地を救ってもらったのも事実だったから、赤ずきんはどうにも分が悪いのであった。 「で、どこに行くところだったんだい?赤ずきん」 構わず行こうとしたが、狩人に腕を掴まれた。 「離して」 目と目が合った。 「待ち伏せ?人聞きの悪い。僕はたまたま狩りにきていただけだ」 ジョーの腰には獲物はひとつも吊るされていなかった。 「戦利品…か」 その瞬間、狩人ジョーの顔がぐっと近づいた。 「なんだと思う?」 森の中で二人きり。聞こえるのは風が揺らす葉の音だけ。 「なに、って…」 赤ずきんフランソワーズはいま、狩られようとしているのは自分かもしれないと胸が震えるのだった。
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「遅いなあ、赤ずきん。ワインとクッキーを持ってくると言っていたのに」 テラスを行ったり来たりする彼に、部屋の奥から呆れたような声がかかった。 「別にアンタと約束しているわけじゃなかろう。赤ずきんに意地悪しといて、またここに来るなどいい度胸だ、狼よ」 思いきり尻をつねられ、狼は黙った。 「全く。赤ずきんに言い寄るなんていい度胸だよ。そのうち狩人に殺されるよ」 普段は手を抜いていて、赤ずきんフランソワーズが絡んだ時だけ本気になるのかもしれない。 さて、どうしたもんかね…。 祖母は知らずため息をついた。 これをジョーが知ったらどうなるだろうか。 狼がフランソワーズを押し倒したところへジョーが躍り込み、思いきりパンチを食らわせ追い払った。フランソワーズは怯え、ジョーは激怒した。以来、フランソワーズはここへ来なくなり、狼もしばらくは来なくなったのだが。 「全く…アンタ、ジョーに殺されるよ」
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「知らないわ。離して」
「な。なによ、ジョー」 狩人ジョーは両手を掲げて見せ、武器も構えていないことを証明した。赤ずきんフランソワーズはいつでもここから立ち去れるのだ。 「久しぶりに会いに行くんだろう?早く行けばいい」 狼。 赤ずきんの胸に嫌な記憶が甦った。誰も知らないが、自分を襲ったあの狼はただの狼ではない。
「何を思い出していた?」 しかし赤ずきんは顔を上げられない。 しかし、実際は違う。 あれは喰われそうになったのではなく求愛されていたのだ。 赤ずきんフランソワーズには何も確信が持てなかったのである。 大体、彼が独り身なのかどうかすら知らないのだから。
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