今度こそ赤ずきんの後ろ姿を見送り、狩人ジョーは深いため息をついた。
フランソワーズ。
ジョーが彼女の姿を思い浮かべる時はいつも森の中の赤い影だった。 目立ちたいのだろうか。しかし、何に対して? ジョーには解せなかった。 しかし。 目の前をちらちらと横切る赤いずきんの女の子。 赤ずきんの姿を探し、常に視界に入れていたのは自分の方だとジョーが気づいた時には、もう手遅れだった。
おそらく一目惚れだったのだろう。 狩りのさいちゅうに自分の仕事を忘れた。赤ずきんを初めて見た時のことだ。 泣きそうな顔で、ああよかったと言った。 「そんな目立つ格好しているのが悪い」 赤いずきんが金髪と白い肌に凄く似合っているとは言えなかった。
残念ながら、何を話したのか全く覚えていないジョーである。 その時の赤ずきんフランソワーズの姿や仕草は全て覚えているというのに。
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祖母の家に続く道を歩きながら、赤ずきんは不機嫌だった。
ジョーのばか。 狩人ジョー。 赤ずきんは森の中のことならなんでも知っていた。もちろん、狩人ジョーが動き回る範囲も。 そもそもどうしてそんなにジョーに焦がれたのか。 きっかけは些細なことだった。 腕が良く無慈悲に狩ることで有名な狩人ジョー。しかし、ある日見かけた彼は自らが狩った獣のそばに膝を折り涙していたのだ。人は、そんな狩人など女々しいと笑うかもしれない。しかし赤ずきんにはそう見えなかった。 ジョーの態度ははっきりしなかった。 たぶん、嫌われてはいないだろう。少しは好かれている。そのくらいの確信はあった。 なのに。 助けてくれたのはたまたま狩りの途中で通りすがっただけ。狼のような匂いがしたから。 そう真顔で告げられたら、ああそうなのかと納得するしかないではないか。 そこまで考え、ふと足を止めた。 振り返る。 祖母の家まてはあと少し。が、いま戻ればそこにはジョーがいるのだ。 本当に本当は、自分を待ち伏せしていたのでは…? 猛烈に確かめたくなった。 いま戻ればそこにはきっとジョーがいる。狩りに来ただけだなどと言っていたがそんなの嘘に決まっている。 だから。 今日、彼に出会ったのは決して偶然ではない。彼は自分に会うために、今日あの場所にいたのだ。待ち伏せしていたのだ。だったら。さっきのようにあっさり別れてすぐに立ち去るはずがない。なぜなら、自分もいまこうしてジョーに会いたくなっているのだから。 赤ずきんフランソワーズは来た道を戻った。小走りに。 今日こそは素直になれる。きっと、素直に気持ちを伝えられる。そうでなくては、今朝早起きして作ったアップルパイが可哀想ではないか。 きっと、ジョーはまだあの場所にいる。 いや。 もしかしたら、彼もこちらに向かっているかもしれない。見つめあった時、彼の瞳の奥に煌めいたのは愛だったかもしれないのだ。いや、確かに愛だった。 フランソワーズは笑みを浮かべ、ジョーを思いながら駆けた。
が。
不意に足を止めた。 「そんなわけ、ないわ…」 全ては勝手な思い込みだ。今まで、それらしい態度や言葉がひとつでもあっただろうか。 ない。 視線のひとつさえ、ない。 あれば、絶対に見逃さないし間違えないだろう。赤ずきんはそのへん目敏いし見聞きするものを逃さない自信もあった。だから、今のこの気持ちはただの一方的な片想い。勝手な誤解だ。もしもジョーが赤ずきんに対してそういう気持ちがあるのなら、ジョーの方が追いかけてくるべきではないのか? 追いかけてはいけない。自分からは。 「は…っ、ばかみたい、わたし…」 戻ったところでそこにはジョーはいない。
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