フランソワーズの誕生日


君はいったい何が欲しいんだろう?

毎年毎年、この時期になると悩む。だったらもっと前から何か考えていればよかったのに。と、これまた毎年思うこと。我ながら進歩がない。
フランソワーズの笑顔を思い浮かべる。何を見たとき、何を思ったとき、君は笑うのだったっけ・・・?

ふらりとファンシーショップに入りかけ、店内の視線が矢のように全身に突き刺さり思わず退いてしまう。
どう見ても、僕はこの空間では異質だった。おんなのこしかいない店内に一秒と耐えられず外に出る。
そんなことをさっきから繰り返している。
何か手がかりはなかったかと、今まで彼女と出かけた時の事を片っ端から回想してみる。
ショーウインドウを指差して立ち止まった時とか。僕の袖を引いて立ち止まった時の視線の先には何があったかなとか。
だけど、そういう時の僕の記憶はどれも使えなかった。
何しろ僕が見ていたのは、彼女が指差す先ではなく、彼女の顔だったから。
だから、「ねぇジョー。あれ素敵ね」と言われても何が素敵だったのかなんて憶えてない。
素敵なのは君じゃないか。
とぼんやりと思っていただけで・・・

仲間や僕の誕生日には、フランソワーズはいつもケーキを焼いてくれる。
それぞれの好みをちゃんと事前に聞いて作ってくれるから、僕たちはどんな店のケーキよりも彼女の手によるケーキが好きだった。
だけど、自分の誕生日に自分でケーキなんて焼かないよな・・・
毎年、どうしてたんだっけ?
・・・あれ?
「祝った」という記憶がない。欠落している。
そんな馬鹿な。
彼女が生まれた大切な日を祝わないなんてことがあるわけがない。
大体、もし僕がその日をすっかり失念していても(確かにそれはありがちなコトだけど、今まで忘れたことはないんだぞ)
必ず仲間の誰かが憶えていて・・・
・・・あれ?
「仲間と祝った」という記憶もない。
嘘だろう?
だったら毎年、1月24日は何をしていたっていうんだ?


ともかく、「おんなのこにはジュエリー」だよな。うん。
と、ひとり納得して貴金属店に入る。ここなら僕がいても異質ではないから、少しくらいは耐えられる・・・と思う。
けれどもショーケースの中を覗き込み、ひとくちにジュエリーとはいってもその種類の豊富さに圧倒される。
ネックレス、ペンダント、ブレスレット、ピアス、指輪・・・
フランソワーズは何が好きだったっけ?
これまた憶えていなかった。大体、彼女が何を身に付けていてどういうのが好みかなんて、知っていれば最初からこんな苦労はしていない。
グレートに相談するべきだったかな。あのオッサンは、そのへん細かくよく憶えている。俳優っていう職業のせいだろうか。
いやでも、待てよ。
そんなの僕が相談したら、即日全員の知るところとなってしまう。そして絶対、冷やかされる。目に見えるようだ。
相談しなくて良かったとちょっと胸をなでおろす。けれども、だからといって何にも解決にはなっていない。
・・・フランソワーズ。
君はどうすれば笑ってくれるかな。
君の喜ぶ顔を思い浮かべ、その可愛らしさに思わず自分もつられてにやついてしまった。
通行人が冷たい視線を寄越す。
頬を引き締め、違う事を考える。これからの日本はどうなるのだろうとか。原油価格は上がり続けるのだろうかとか。

結局、今日も何にも決まらずに帰ることになった。何日こんなことを続けているのだろう。
フランソワーズの欲しいものがわからないなんて情けない。
何か言ってなかっただろうか。ちょっとでもヒントになるようなこと・・・


1月24日。今日はフランソワーズの誕生日だ。

「フランソワーズ。準備はできたかい?」
階下から声をかける。するとドアの閉まる音と、軽い足音が続いて、ひょいと顔が覗いた。
「いま行くわ」
今日の君はなんて綺麗で可愛いんだろう?
もちろん、いつも綺麗で可愛いけれど、今日はもっと綺麗で可愛くて・・・
目が離せない。
コートとマフラーを手に持ち、少し大きめのバッグとハンドバッグを抱えて降りてくる。
素早くそれらを受け取ると彼女の髪にキスをひとつ。
「だめよ、ジョーったら」
小さく言って軽く睨みつけてくる。でも、そんなの全然平気だよ。だって今日の君はいつもより可愛いんだから。
そんな可愛い君を連れて出かけるなんて、気がすすまないんだけどしょうがない。
四方八方から集まる視線から彼女を守りつつ、今日一日彼女に付き合うのが今日の僕に課せられた任務なのだから。
こんなに嬉しく楽しい上に幸せな任務はそうそうない。気合をいれて行わなければ。
「今日は君の好きにしていいよ。なんでも言う通りにするから」
「あら、ほんとかしら」
「本当さ」
疑わしそうに見つめ、そのあと肩を竦めてふっと頬を緩ませた。
「じゃあ、今日いちにち私につきあってね?」
「はい、お嬢様」
「ずーっとよ?」
「もちろんです、お嬢様」
もう、ジョーのばか、と小さく言って頬を染めた君はなんて可愛いんだろう。

どうしてこの日をどう過ごしていたのか憶えていなかったのか、やっとわかった。
ステアリングを握りしめ、ナビシートに座っているフランソワーズをちらりと見つめる。
そう・・・やっと思い出した。毎年この日をどう過ごしていたのか。
仲間と一緒に祝ったりなんてしていなかった。だってその日はフランソワーズと出掛けていたのだから。
だったら憶えていそうなものだけど、それがそうでもなく・・・どうやら幸せ過ぎてぼーっとしてて、記憶障害を起こしていたらしい。
今度博士に言って、メンテナンスの時にちゃんとチェックしてもらわないと。



フランソワーズは一日中、ずっと元気いっぱいだった。
ディズニーランドではあれに乗りたいこっちに行こうと腕を引っ張られ、お昼には張々湖飯店に行きたいと言い出し
(しかもそこで張大人からチャイナドレスをプレゼントされていた。着て見せてはくれなかったけれど)
そのあと富士スピードウエイに行ってみたいと言い出し、なだめるのにひと苦労だった。
結局、午後は予定通りバレエの公演を渋谷で観て、そして恵比寿で夕食を摂り、部屋に落ち着いたのはもうすぐ日付の変わる頃だった。
「ジョーは紅茶でよかった?」
「うん、いいよ」
部屋に備え付けのティーセットを扱いながら訊いてくる。小さなセットで湯を沸かしてお茶がはいるまで数分。
僕は大きな窓から夜景を見下ろしながら、その数分を有効に使うことに決めた。
「フランソワーズ。ちょっとこっちに来て。夜景が綺麗だよ」
果たして彼女はやって来た。僕の隣で眼下の景色に目を奪われている(そのために夜景が綺麗な高層階に部屋をとったんだ)。
僕は腕時計で12時を回ったことを確認し、そっと彼女の肩を抱き寄せた。
そうして、彼女の細い手首に巻きつけるのはブレスレットを模した腕時計。
誕生日プレゼントではなく、誕生日を過ぎたばかりの「新しいフランソワーズ」へのプレゼント。
これからも綺麗な君でいてくれるように。
幸せだなって思える時が、昨日までの君よりも一秒でも多くなるように。願いを込めて。