僕たちの髪は伸びない。
何故なら、人工の毛髪だからだ。
戦闘などで失っても、植毛すれば元通りになる。
仲間全員の毛髪が研究所にはストックされていて、数日待てば、失う前とほぼ変わらずに復元が可能である。
「だったら改造の時に、我輩の頭部も何とかして欲しかったなぁ」
ぼやくのはグレート。
意に染まぬ改造手術なのだから、せめてもの情けで『増毛くらい』してくれても良かったのに。と繰り返す。
「気が利かないよなぁ。ブラックゴーストも」
自分の禿頭をつるりと撫でて
「そのくらいの良心があれば、脱走なぞしなかったかもしれんのになぁ」
つい口を滑らせて、フランソワーズに睨まれる。
……懲りないなぁ、グレートも。
そんな事を話していた、ある平和な午後のひととき。
その数日後、望む・望まないに拘らず「ヤッカイゴト」に巻き込まれた僕たち。
そしてその戦いで、僕は――
敵の繰り出した刃先を間一髪かわしたのだが、文字通り、髪を失ったのだった。
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「お前誰だっ!!」
いきなり殺気を感じて振り向くと、そこにはジェットの姿。
「……なんだ、ジョーか」
寸時に殺気が霧散していく。
「なーんか、慣れないなぁ。お前のその格好」
「仕方ないよ。一週間はこのままさ」
「……まぁ、お前がいいならいいけどよ」
慣れないんだよなぁ。とぶつぶつ言いながら去ってゆくジェット。
ここ数日、ジェットに限らず殆どのメンバーにも「誰だ」呼ばわりされている。
屋敷の中でも。庭に出ても。
みんななかなか慣れてくれないが、実は僕自身が一番落ち着かない。
「そうかしら?私は別に違和感は感じないけれど」
唯一、フランソワーズだけが僕を間違えない。
それは少しだけ(いや、本当はかなり)嬉しい事だったりもするけれど
「やっぱり『愛の力』アルね。『愛』は偉大よ」
という張大人の言葉に妙に照れてしまって困る。
いつものように逃げ場がないから、こういう時は……どうすればいいんだろう?
そう考えると、普段、僕は随分「逃げて」いたのかもしれない。
自分の感情を見せないように。自分でも自覚せずにすむように。
「でも、お前さん舞台映えしそうだな。そうやって両目が見えると雰囲気も違うし」
グレートがしげしげと顔を覗き込む。
やめてくれよ。
「よしなさいよ、グレート」
間にフランソワーズが入ってくれる。助かった。
「ジョーが困ってるじゃない」
「いやいや、我輩は本当の事を言ったまでで」
今まで片目しか見えなかったからわからなかったがなと続けるグレート。
「片目だとなんだかおっかないけど、両目だとそうでもないんだな」
そうだろうか?
この目のせいで、昔から散々な目に遭ってきている。
だから僕は自分の目が好きじゃない。
「駄目よ、グレート。ジョーを舞台に引っ張り出そうとしても」
くすくす笑いながらフランソワーズが言う。
「だってセリフを覚えないもの」
ひどいなぁ。
「ハイハイ。わかりましたよマドモアゼル」
にやっと笑い、胸に手をあてて芝居がかった礼をするグレート。
「ひとりじめしたいという気持ちは、我輩にはじゅうぶん伝わったのでございます」
「もう、やめてよグレート」
小さく、やだわ、もう。と呟きながら、そうっと僕の背後に隠れてしまう。
えーと。
こういうの、僕も苦手なんだよな……。
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鏡を見るたびに、昔の自分が映る。
まだ前髪で表情を隠すことを覚えていない頃の自分。
自分の目が、それほど嫌いではなかった頃。
自分の感情や、相手に対する思いを隠すようになってどのくらいがたつのだろう。
それが果たして良かったのかどうかは、今でもわからない。
「どうしてフランソワーズにはわかるのかな、ちゃんと」
「なぁに、突然。なんのこと?」
「いや…僕の前髪がなくなってから、他のみんなは僕の事がわからなくなっていたけど
君だけは最初から何にも変わらなかったなと思って」
一週間後。
元通りに前髪を復元してもらい、僕は再び逃げ場を得た。
けれど。
それが無かった時も、そんなに不便でもなく困った目にも遭わなかったような気もしていて
案外それって髪のせいだけではなく、僕自身の問題だったような気もしてきていた。
「それは……だって、あなたの顔、見慣れてるし」
そっと僕の顔を覗きこみ、前髪をよける。
そうして僕の額にキスをひとつ。
「それにね……」
そのまま、僕の胸に頬をあてて顔を伏せてしまう。
「下から見た時って、前髪の中の表情が見えるから……」
私はよく知ってるのよ
と付け加えた。