平ゼロ「アイスの日」

 

「はい、ジョー。あーん」


口元にスプーンを差し出され、ジョーは戸惑ったようにそのスプーンの持ち主を見た。

「どうしたの?食べないの」
「う…ん」

食べるかどうかと問われれば、大体は食べたいのだけれど今はちょっと考えてしまった。
何故なら、そのスプーンの上に盛られているのは

「アイスはもう…いいかな」
「そお?」
「うん」

何しろもう5個目なのだ。
5月9日はアイスの日ということでフランソワーズの大好きなアイスクリーム店が一律100円での販売を行った。
とはいえ、お店に並ぶフレーバーを右から左に全部買ってくるという暴挙に出なくても良かったのではないかと思う。
もちろん、それがフランソワーズ個人で楽しむためのものなら文句は言わない。
が、買ってきたそれを広げてジョーに言ったのだ。一緒に食べましょうと。
最初はジョーも果敢に挑んだ。フランソワーズと「一緒に」食べるというのは文字通り一緒に同じアイスを食べることだったからそれはとても楽しい時間に違いなかった。けれど。
楽しかったのはせいぜい3個くらいまでの話。
今は――いくら半分こして食べているといっても――既に唇は冷えているし顎も口の中も冷たさしか存在しない。
フランソワーズは「溶けたら大変」と言って、全て冷凍庫にしまいこみ、ひとつ食べ終えたら新しく出してくるという徹底ぶりなのだ。
だから常にアイスはしっかり冷たいまま供されていた。

どうして女の子ってアイスが好きなのかな。

にこにこして食べているフランソワーズを見ながらしみじみと思う。
もちろん機嫌がいいフランソワーズを見るのは好きだし、可愛いから文句はない。ただ、同じくらい食べているはずなのになんともないのは不思議だとは思っている。もしかしたら、女子というのは同じ人間であってもどこか男子とは相容れない不思議な生物なのかもしれない。
特にフランソワーズは特別な女の子だから、更に更に特別なのかもしれなかった。

「寒くないの?」
「ええ、大丈夫よ?…もしかしてジョーは寒いの?」
「うん。ちょっと」
「まあ!」

フランソワーズは立ち上がるとジョーの額に手を当て熱はないわね、寒いんだったら何か羽織るもの――と急に忙しくなった。
ジョーはその手首を掴むと

「大丈夫だから。ほら、アイスが溶けるよ?」
「ええ――でも」
「僕なら大丈夫。寒いのはアイスを食べ過ぎたせいだし」
「だってまだ大して食べてないじゃない」

5個目というのは大した量ではないのだろうか?という疑問はひとまず置いておく。

「口の中がちょっと冷たくて」

ほら、呂律もなんか怪しくないかい――?と続けようとしたけれど

「口の中?」

フランソワーズがこちらを見た。
と思ったら、彼女の唇が彼のそれに重なったのでジョーはとても驚いた。

「んんっ?」
「ん――ちょっと冷えてるかしら?」

一瞬、離れる唇。チョコミントの香りが漂う。が、それよりも。

ジョーはフランソワーズの頬に手をかけると今度は自分から唇を重ねていた。


――どうして君の唇は温かいんだい?

唇だけじゃなくて――口の中も。舌も――アイスを食べているはずなのに――

 

 

 

テーブルに放置されたチョコミントはひっそり溶けていった。