「お花見」
額にかかる髪が風になぶられ微かにそよいだ。 うたた寝するにはちょうど良い気候になった。 ジョーはそんなことを思いながら、うたた寝からゆっくりと目覚めていった。 春爛漫。 暑くもなく寒くもない、外出するのにもちょうど良い季節。と、ジョーは勝手に思っている。 しかし、まだうたた寝から目覚めたばかり。ぼうっとしていていまどこにいるのかもわかっていない。 僕、外で寝ちゃったのか。 目の前に青空が見えるということは仰向けに寝ているのだろう。 どこにいるんだろう…? ぼうっとしたまま記憶を手繰る。 目の前には青い空。 それが見える場所は…たくさんある。 川原か…? しかし川の音はしなかったし、川を見に来た覚えもない。 公園…? なんとなく身に覚えがあった。 でも、何しにだろう? そう思ったのと、目の前をピンク色の花びらが通過したのが同時だった。 ピンク色の花びら。 ひらひらはらはら風に舞う。 そうだ、桜を見に来たんだった。 ようやく思い出し、体を起こした。 と。 「え、フランソワーズ?」 僕はここに一人で居たのではなかったのか…と、改めて辺りを見回すと、レジャーシートが敷いてあり傍らにはお弁当箱の入ったバッグや水筒などが置いてある。 「そんなに離れなくてもいいじゃない」 顎をさすりながら恨めしそうにフランソワーズが言う。何しろジョーは加速したかのような速さでレジャーシートの端にいってしまっているのだ。 「いやだって、その」 どうしてフランソワーズの膝枕で眠ることになったのか思い出せない。 で。 そのあと、お腹がいっぱいになって。 …記憶がない。 つまりは寝てしまったということなのだろう。 「あのぅ、フランソワーズ…」 「…」 いや聞こえるだろうと思いつつもジョーは素直に近寄り、元いた場所のあたりに落ち着いた。 「その、どうして僕」 近くにきたのにそういわれ、ジョーが目を泳がせるとフランソワーズは唇を尖らせたまま自分の膝を指差した。 「え…ええっ」 もう一度膝枕で寝ろとそういう意味? ジョーは大いに焦った。内心、大恐慌である。さっきまでそうしていたとはいえ、経緯を覚えてないということはきっと不測の事態だったのだろう。 だが、今は違う。 意識もはっきりしているし、とっくに眠気も吹っ飛んでいる。そんな状態で自らフランソワーズの膝に頭を乗せるなどできるわけがない。 が、しかし。 フランソワーズの顔を見ると、ジョーがそうしない限り機嫌が直る見込みはなさそうだ。 ええい、仕方ない。 ジョーはおっかなびっくり頭をフランソワーズの膝に乗せた。 今度は聞こえるんだと妙に納得しジョーは続けた。 「今日はお花見に来たんだよね」 そう、こうしているとジョーには青空しか見えないのだ。 「ジョー、上を見て」 見た。がしかし、それは青空で… 「そうじゃなくて、上よ」 つまり頭の上の方を見ろという意味かと理解し、やや頭を傾けて上方を見た。 と、いうより。 ピンク色の花を背景にしてフランソワーズが見えた。 「ん。なあに?ジョー」 なんでもない。 ただ、ジョーにとって今年の花見はきっと忘れることはないだろう。 フランソワーズって桜が似合うな…いや、ピンク色が似合うのかななどと考えるうちにまた眠ってしまったけれど。 というのは嘘で、照れ隠しの眠ったふりだけど。
風は春めいた温かさを含んでおり、冷たくはなく心地いい。
まあ単に好みの問題だから、彼自身が彼の中でそう定義している分には何ら問題はない。
そして、彼がそう定義しているように実際に彼は外出しており、うたた寝していた場所は屋外であった。
うっすらと目を開けたら青空が見えてちょっとびっくりした。
そして、別段窮屈さを感じてないから、たぶん普通に寝ている体勢に違いない。
これが、座っていたり机に突っ伏していたり…ならば、そもそも目の前に青空など見えないし、おそらく腕なり腰なりが痛くなって目が覚めていたところだろう。だがジョーは至って気持ちよく目覚めたのだ。
ただ、こうして屋外でうたた寝できてしまう場所というとそう何ヵ所もあるわけではない。
いったいどのくらい眠っていたのか不明だが、大の男が寝転がっていて不審者扱いされない場所は特定されるだろう。
そう、確かに公園に来たのだ。
ああ、桜か…。
「きゃっ」
何やら鈍い音がして頭に痛みが走った。
しかも、「きゃっ」…?
「もうっ、ジョーったら急に起きるなんてひどいわ」
なんで。
そして何よりジョーが驚いたのは。
「わっ、や、ご、ごめんっ」
慌てて飛び退いた。
彼は今のいままで、フランソワーズの膝枕で眠っていたのだった。
急に起きたので頭をフランソワーズの顎にぶつけて今に至る。
花見に来たことは思い出した。お弁当を食べたのも覚えている。唐揚げが美味しかったし、ウサギのリンゴも食べたのだ。
しかし。
なぜ膝枕で眠ったのかはわからない。何か不測の事態が起こったのだろうか。とすれば、不測の事態とはいったいどんな。
「そんな遠くにいる人の声は聞こえません」
「そんな遠くにいる人の声は聞こえません」
「ええっと…」
「ジョー?」
いや、たぶん起きてすぐに隅っこまで逃げたのが良くなかったのだろう。
フランソワーズが促すようにこちらを見ている。
「ねえ、フランソワーズ」
「なあに」
「そうよ」
「でも僕、花が見えないんだけど…」
どうやら今いる場所は桜の樹の根元らしい。真上にピンク色の花が見えた。
「いや…」
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