「桜色」

 

 

 

ふたりの距離が近付いて――あと数センチ、というところで邪魔された。

 

触れる前に、触れられた。

唇の上の、桜の花びら。

 

ジョーとフランソワーズはお互いの目を見つめ――同時に噴き出した。

「・・・もうっ。桜のせいで台無し」
「うん。先をこされるとは思わなかったよ」

フランソワーズの桜色の唇に触れたのは、同じ色をした花びらだった。

お互いの唇が触れ合うその刹那。
緩やかに通り抜けた風が枝を揺らし――満開の桜から花びらが散った。
それがフランソワーズの上に数枚降りかかった。

髪に。

鼻に。

唇に。

邪魔された形になったジョーは、恨めしそうに天を仰ぐ。

 

彼がよりかかっている桜の樹。
それは樹齢何年なのだろうか、ふたりとも知らない。
知っているのは、この桜が見頃だということと、人が来ない穴場であるということだった。
花見を楽しむ人々の喧騒からそれほど離れてはいないはずのこの場所は、特に何か禁忌があるわけでもないのに
何故か――忘れられているように、ひとが来ない。
だから、偶然この場所を見つけてからは毎年ふたりで花見に来る。

ひとりで見た時もあった。

悲しく寂しい思いで見上げた事もあった。

でも今は「ふたり」。

 

ジョーは彼女の腰に回した腕を解くと、彼女の唇を指先でそっとなぞった。
桜の花と同じ色をした唇。
触れるのは初めてではないのに、触れるたびに――どきどきする。
そんなのはフランソワーズが初めてだった。

どうしていつまでたっても慣れないんだろう。

こんなに一緒にいるのだから、もっと慣れてもいいはずなのに。
なのに、隣にいるだけで、その声を聞くだけで、嬉しくて、落ち着かなくて、切なくて。
抱き締めたいけど、してはいけないような、
もっと近くにいてもいいような
――どうしたらいいのか、わからなくなる。

 

「・・・ジョー?」

自分を見つめたまま何も言わないジョーにフランソワーズは軽く首を傾げた。
そうして、笑みを洩らす。

「お腹空いた?」
「――えっ。空いてないよ、どうして?」
「だってそういう顔してる」
「・・・」

軽く口をへの字にしたジョーにフランソワーズの笑みは深くなる。

「今度来る時は、お弁当を持って来ましょうね」
「――今度」
「ええ。今度」
「・・・いつ?」
「え?」
「今度、って、いつ?」

来年なのか再来年なのか、もっと先なのか。
それとも、ただの――社交辞令なのか。
ジョーにはわからない。

「・・・ジョーったら」

とうとうフランソワーズは笑い出した。

「わかったわ。じゃあ、天気が良かったら明日――ね?明日、また来ましょう。お弁当持って」
「・・・うん」

くすくす笑うフランソワーズ。
その声が心地よくて、いつしかジョーも笑っていた。

「――そんなに腹が減ってるように見えた?」
「ええ。もう、お腹空いたーって言ってるみたいに」

ジョーは笑いながら桜を見上げる。

満開の桜。

風に揺れる、枝。

そうして舞い落ちる桜の花びら。

 

 

――きみを食べたかったのに。

 

なんて台詞は、何年経ったら言えるようになるのだろうかと思いながら。

 

 

 

 

 

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