「笑ってよ」

 

 

過酷なミッションだった。

僕たちは全員――無傷ではなかったが――命にかかわるケガはしておらず、そういう意味では無事だった。

けれど、僕たちと関わった人たちや助ける事ができなかった人たちは、大なり小なり傷を負った。
心と身体の両方に。
僕たちがここに来なければ、今頃は平和に暮らしていただろう。
いくら「平和」のためとはいっても、彼らの「平和な日常」を奪う権利が僕たちにあるわけがなかった。

帰投中のドルフィン号の空気は重く暗い。

いつも、ミッション後はそうだった。
が、研究所に着く頃にはいつもの調子に戻る。
それが常だった。

だから、特に気にしていなかったんだ。

君が落ち込んでいるのを知っていても。
いつものように、すぐ――元に戻ると思っていたから。

 

***

 

「なぁ、おい――アイツ、大丈夫かよ?」

数日経ったある日の朝食後、僕はジェットに呼び止められた。

「大丈夫って、何が?」
「いや、その・・・なんか暗くねぇか?ずっと」
「・・・そうかな」

アイツというのはフランソワーズのことだ。僕にそう尋ねるような相手はひとりしかいない。

「別にいつもと変わらないと思うよ」

そう言った僕をじいっと見つめ――しばらくしてから、「そうか」と言ってジェットは視線を逸らせた。

「――余計なお世話、って事だな」
軽く肩をすくめる。

「その通り」

僕は笑って答えた。
でも、ジェットの気持ちはよくわかるし、嬉しかった。

「でも――心配してくれてありがとう」
「――けっ。オメーの事を心配したワケじゃねーよ」

片手を挙げて去ってゆく後ろ姿を見送りつつ、さてどうしたものかと思う。
今日で3日になる。その間に、彼と同じような事を言われたのは片手の指では足りない。
みんなが、彼女の様子がいつもと違うことに気付いて心配している。

このまま放っておくのも潮時だった。

 

***

 

「――フランソワーズ。ちょっといいかな」

ノックして声をかける。が、数秒待っても返事がない。

「フランソワーズ?」

ドアのノブに手を伸ばしたところで、細く開けられた。

「――なんだ。いるんじゃないか」
「ジョー。どうしたの」
「どうしたの、って・・・」

別に用って訳じゃなかったけれど、その顔を見て決めた。
ドアに手をかけ大きく開く。

「出かけるから支度して」
「出かける?って、今から?」
「そう。今から。――ホラ、早く」
「でも・・・」
「いいから」
「だって、今日のお昼の準備が」
「そんなの誰かがやってくれるよ。みんないるんだから」
「そうだけど、でも」
「ホラ、・・・も、いいか、そのままで」
「えっ?」
「行こう!」

有無を言わせず、手首を掴み部屋から引っ張り出す。
そのまま階段を降りてゆくと、階下に張々湖がいた。今日は店が休みだといってたっけ。

「オヤ。二人してお出かけアルか?」
「そ。昼ごはんの準備、フランソワーズの当番なんだけど――」
「了解アルね。心配ナイナイ――ゆっくりしてくるアルね」

にこにこ笑っている張大人に片手を上げ、靴を履くのももどかしく、僕はフランソワーズの腰に手をかけると抱き上げて玄関のドアを開けた。

「ジョー、待って、靴・・・」
「大丈夫。持ってるよ」

ホラ、と片手に提げたミュールを見せる。フランソワーズはしばらくじたばたしていたが、僕の手が緩まないのを知ると、大人しく僕の肩に手を回した。
ガレージで彼女を降ろし、車に乗せる。今日は天気がいいから、オープンカーを選択した。

 

発進して、しばらくは無言のまま過ぎた。

ナビシートをちらりと見ると、彼女は体を固くしたまま流れてゆく景色を見つめていた。
こちらは見ない。
普通、なされるべき質問――「どこへ行くの」や「いったいどうしたの」というものも一切なかった。

ただただ、なされるままの状態の彼女に、僕は胸の奥が痛くなった。