「好きだからこそ言えない」
〜お題もの「恋にありがちな20の出来事」より〜
――嫌いじゃないよ。その格好。 我ながら、何て遠まわしな言葉なのだろうと思う。 似合うよ。って。 僕はそういう格好、好きだな。って。 だって考えてもみてくれよ。 だから、遠まわしに言うしかなかったのだ。 って。 それに、いくら遠回りでもよくよく考えてみれば絶対にわかるだろう? フランソワーズがチャイナドレスを着用する機会が増えたことだ。 もちろん、僕の気のせいかもしれない。単に僕がチャイナドレス姿のフランソワーズを見るのが好きだから、見る機会が増えたと錯覚しているだけかもしれない。 *** 「行ってきます」 じっと僕の目を見ている。何か言いたそうに見えるのは気のせいだろうか。 「・・・ええと、フランソワーズ。その・・・」 *** 店まで送って欲しいと言いたかったのかなと気がついたのは、それからずいぶん経ってからだった。 *** 似合うよ。 という言葉を期待していたのだと知ったのは、それから更に経ってからだった。 *** 実際に僕がその言葉を口にできるようになったのは、フランソワーズを抱き締めて眠るようになってからだった。
そんなに遠回りしなくても、直接言えばいいのに。
でもそれを言わなかったのには理由がある。
初めて見たチャイナドレス姿に対して「僕はそういう格好好きだな」なんて言ってみろ。
ただのスケベ男丸出しじゃないか。
たとえそういう目で見ていなくても、見ていたように聞こえてしまうだろう。
嫌いじゃないよ。
嫌いじゃないということはつまり、好きということで・・・って。
フランソワーズはわかってくれただろうか。
僕にはそれを確認する勇気がなかった。
いくら遠まわしに言ったとしても、彼女に眉をひそめられたら僕は舌を噛み切ってしまいたくなっていただろう。
だから、自分の放った言葉への反応を確かめる余裕もなく、すぐに加速装置を噛んで姿を消した。
僕の姿が消えたあとの店の様子がどうだったのか、未だに僕は知らずにいる。
ただ、最近ちょっと気になることがある。
うん。
きっとそうだ。
そうに違いない。
今日もフランソワーズは店の手伝いに行くらしい。
でも、何もギルモア邸からチャイナドレス姿で出かけなくてもいいんじゃないかと思う。
むこうで着替えればすむことなのに、どうしてここから着ていくのだろう。
日本の男性はけっこう不躾に視線を向けてくるから、公共の交通手段を使うときは気をつけて欲しいんだけどなぁ。
「いってらっしゃい」
博士が目を細めて言う。まるで娘にむかって言っているようだ。
フランソワーズは博士ににっこり微笑むと、ふと僕に視線を向けた。なんだろう?
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
「・・・」
それとも、僕が何か言うのを待っている・・・?
「なあに?ジョー」
「いや、その・・・」
――似合うよ。その格好。僕は好きだな。
心のなかで言うだけの僕は臆病者だろうか。
「・・・なんでもない。気をつけて」
フランソワーズは小さく息をつくと出て行った。
好きだよその格好。
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