「ウナギの日」

 

 

 

あれ?

そういえば、土用の丑の日っていつだったっけ?


ジョーはカレンダーに目を遣り――そこには八月のカレンダーがあった――これではわからないと手元の携帯端末を操作した。

すると

『今年の土用の丑の日は7月30日』

と出てきた。

そうか、7月30日…あれ?


首を傾げる。

――ウナギを食べた覚えがない。


献立や調理を引き受けているのはフランソワーズである。
そして最近のフランソワーズは、このような日本の行事に関して並々ならぬ熱意を持って参加するのでお雛様とかお彼岸とか諸々の献立が食卓を彩る。
であるから、彼女が土用の丑の日をスルーするとは考えにくかった。
けれど。
どんなに首を傾げても、どんなに記憶を掘り起こしてもウナギを食べた記憶は見つからない。
というか、無い。

ということはつまり。

「食べてないんだ…」

ウナギを食べていない。食べ損なったっ。

もちろん、食べたければその日に限らず好きな時に食べれば良いのだからむきになる必要は無いはずである。が、

僕は日本人だから、丑の日にウナギを食べたいんだっ

そう――それに。
これは、フランソワーズが見落としたに違いない。
ならばそれを伝えなくてはいけないのではなかろうか。見落としてたよと。
きっとフランソワーズはびっくりして、「まあどうしましょう」と言うだろう。
そうしたら、ジョーは優しく言うのだ。これからでも大丈夫さと。

既に「丑の日にウナギを食べたい」主旨はどこかにいってしまっているが、ジョーは気付いていない。
彼のなかにあるのは、公然と普通にウナギを食べられる日に食べ損ねたという事実だけであった。

 

**

 

「――というわけなんだ、フランソワーズ。うっかり忘れちゃったんだね?でもまあ、よくあることさ」

するとフランソワーズはきょとんとしたまま

「忘れてないわよ?」

と言った。

「えっ?」
「土用の丑の日でしょう?――みんな食べていたわよ?美味しいって」
「え、でも…」

おかしい。

ならば僕は食べたのに覚えてないし思い出せないのか。
これは博士に言って記憶回路を見てもらわなくては――

「あ、ジョーには出してないから」
「へ?」

なんで。

「僕、ウナギは好きだよ?」

嫌いなのかと気を遣ったのかもしれない。

「ええ。知ってるわ」

え、じゃあ…

あまり考えたくはないけれど、ジョーはそれしか思い当たらず気持ちが沈みこんだ。
――フランソワーズは僕が嫌いなんだ。だから、意地悪をしたんだ。僕にだけウナギを出さないっていう意地悪を。

黙り込んだジョーを見つめ、フランソワーズはちょっと頬を染めて言った。

「だって…ウナギって滋養強壮にいいんでしょう?そんなの、ジョーが食べたら大変だもの」
「――どういう意味?」
「だから、」

まっすぐ視線を返され、フランソワーズは目を逸らせもじもじとしながら

「だって最近のジョーって…」
「ん?」
「やだもう、ばかっ」

突き飛ばされ、フランソワーズはキッチンから出て行ってしまった。

「なっ…なんだよもう」

 

**

 

もうっ、ジョーのばかばかっ

だって、最近のジョーってなんていうか今までのただ回数で誤魔化しているのと違ってその、――なのに、これ以上っ…!


無理っ


無理だもんっ

 


**

 


確かあの日は用事があって遅くなったから、僕だけ晩御飯が別だったんだよなあ。
だから気付かなかったんだ。
いいなあ、みんなは食べたのか。


フランソワーズの心の機微など全く気付いてないジョーであった。

 

 


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