「居なくならないから」

 

 

 

夜中に目が覚めた。

何かに誘われた訳でもなく。ただ――不意に。

 

僕は隣を気にしつつ、ゆっくりと身体を起こした。
薄いレースのカーテンを引いただけのフランス窓の外は漆黒の闇だった。
ただただ暗い海が広がっている。あとは微かに波の音が響くだけ。

僕はもう一度、そっと隣を見つめ、ベッドから抜け出した。
裸足のまま窓辺に立つ。
外を見ても暗い海しか見えない。

――いや。

外は明るかった。
蒼白い月に照らされた海。微かに光る星星。
ゆっくりと窓を開けると、ふわりと潮の香りが入り込んできた。
そのままバルコニーに出る。
今度は何かに誘われたかのように。

 

月と星。そして海。

波の音しか聞こえない世界。

 

ふと一瞬、加速装置のスイッチが戻らなかった日の事が甦る。
他人にしてみれば、たった半日に満たない時間。だけど僕はおよそ一ヶ月間、ひとりぼっちだった。
何も聞こえず、何も動かない。
自分しか存在しない、時間のクレバス。
気が狂いそうだった。
そして、仲間のいる世界をどんなに大切に思っていたのかを思い知らされた一ヶ月。
僕だけの、一ヶ月。

 

今は静かだけど、でも、全く音がしない訳ではない。
波の音もするし、遥か彼方のざわめきだって、聞こうと思えば聞くことができる。
それに、何より――

いま、部屋に戻れば。

君の寝息も聞こえるだろう。

 

 

あの日、僕は死んだはずだった。

 

 

たった一人でブラックゴーストと闘い、そして彼らの滅亡と共に僕は一緒に宇宙に散った。
――筈だった。

宇宙に漂い、意識が遠のく僕の手を掴みこちら側へ引き寄せてくれたのは002だった。

 

001に「君に賭けたい」と伝えられた瞬間、彼の思考が全て僕の頭の中に入って来た。そして、それを全て了承したのは僕自身だった。
たったひとりで死ぬ事になる。
二度と――会えない。
それでも。
大切な人たちを守るためなら、構わなかった。
むしろ、僕が「守ることができる」事が嬉しかった。
そう、思った。そして、全てを諦めた。

だから。

002の姿を見た時は驚いた。

一体、何故。
何故――僕のためなんか、に?
全速力で、燃料を切らせてまで急いで。自分ひとりだけなら、大気圏突入だって平気だったろうに。
離せともがく僕を叱りつけ、抱いた腕を離さなかった002。
・・・なんてバカなんだ君は。

そう思った――けれど。

嬉しかった。

あの一瞬、僕は本当にひとりで死ぬつもりだった。
たったひとりで。

「犠牲は少ないほうがいい」

そう言った001。それに従った僕。
00ナンバー中、一番の強度を持つ自分の身体。
そして、一番最後に仲間に加わった、9番目の僕。

僕は小さい頃から独りだった。だから、独りには慣れている。
また独りに戻るだけだ。

けれど。

「独りで死なせるものかよ」

と、最後まで僕の体を離さなかった002。
君の腕は少し震えていたね。
僕はその時やっと気付いたんだ。
独りには慣れている。と思い込んでいた自分に。

本当は、いつだって寂しかったじゃないか。

001に言われた時だって、本当は「何故、僕を?」と思った。他にも選択肢はあるのに。
何故、僕を行かせるのだろうと。
そして、その理由を考えた瞬間、全てを理解し全てを諦めた。

僕は一番最後に加わったから、他のみんなほどには絆がない。だから――なのだ。
ほら。やっぱり僕は独りじゃないか。
仲間のような顔をしていたって、僕はいつだって――独りなんだ。
いいさ。独りなんて慣れている。人間はひとりで産まれてひとりで死んでゆくのだから、その間の人生もひとりだって同じ事じゃないか。
僕は慣れているから、だから・・・選ばれた。

だけど僕は、ずっと自分自身を誤魔化してきただけだった。

本当は、いつもいつも寂しくて、常に誰かにそばにいて欲しかった。心の中で寄り添っていて欲しいと願っていた。
そして、やっと得た――仲間。
その存在の大きさに、あの時やっと気付いたんだ。

自分の孤独と向き合わないとわからなかった、仲間の存在の大きさ。
それを知ったから、だから・・・002と大気圏に突入した時も僕は怖くなかった。

嬉しかったんだ。

 

 

ふと、目の前を一筋の光が流れていった。
流れ星。

あの日、下界から見た僕達はどう見えていたのだろうか。

 

 

大気圏突入の時の事は、少ししか憶えていない。
どんどん落下速度が増して。僕と002の身体は燃え始めた。

「君はどこに落ちたい?」

002がいつもの皮肉っぽい笑顔で言った。
その時、僕が願った場所は。

仲間のいるところ。

例え、燃え尽きて大気に紛れた塵のひとつとなっても。
それでも、仲間の元へ帰りたいと強く願った。

そして。

その後の事はわからない。

気付いた時は、ベッドの上だった。

 

 

背後に気配を感じて思わず振り返る。けれど、カーテンが風にそよいだだけだった。

君は眠っている。

ここで。

僕のそばで。

 

 

あの日、君がどんなに泣いたのか僕は知らない。