潮の香りがして目が覚めた。 潮の香り・・・何故? 隣を見ると、優しい瞳の彼はいなかった。 思わず身体を起こす。部屋に視線を巡らせ、カーテンが風にそよいでいるのに気付いた。 月の光に照らされて、あなたの姿が見えた。 ――おどかさないでよ。 軽く胸の裡で悪態をついてから、心地良い幸福感が身体の奥から湧き上がってくるのに身を任せた。 彼はここにいる。 私は両肩を抱き締めた。 ベッドの上に丸くなって座ったまま、窓の外を見つめる。 ねぇ。このまましばらく――見ていても、いい?
あなたと002が大気圏に突入した途端、それが視えた。 こんなのって、ない。 見たくないのに。 どうして視えてしまうの? ふたりが燃えてゆく。 ――イヤよ。 イヤ。 お願い。 私に見せないで。 ――気が狂いそうだった。 一瞬の狂気。 いっそこのまま、狂気の扉を開けてしまおうか。 「003っ!!」 強く肩を掴まれた。 「004・・・わたし・・・」 そのまま白い世界に包まれ――気付いたら波打ち際にいた。 「・・・001?」 どうして意味のないテレポートを?と不思議に思っていたら。 「おいっ!!あそこっ!!」 008が叫んで駆け出してゆく。 ――それともあれは・・・あなたの残骸? 身体が震えた。 残骸。 あなたの。 ・・・ううん。それでもいい。 一呼吸遅れてみんなの後を追った。 「見るな!」 005に視界を妨げられた。 「見ないほうがいい」 駄目よ、そんな事言ったって。私には視えてしまうの、知っているでしょう・・・? 「・・・ジョー・・・?」 視界が揺れる。 009も002も酷い姿だった。 検分していた博士が立ち上がった。 「大丈夫、二人とも生きておる!」 生きてる。 二人とも。 にわかには信じ難かった。 『マニアッタ』 001? 『大気圏ニ突入シテスグニてれぽーとサセタンダヨ。間一髪、マニアッタ』 思わず揺り篭に駆け寄る。 『003ニ恨マレルト美味シイみるくヲ貰エナクナッチャウカラネ』 抱き上げて頬ずりする。 『デモ、疲レチャッタ。僕ハ少シ眠ルヨ・・・』
あなたは生きていた。 生きている。
それからの博士は寝食を忘れ、手術に次ぐ手術だった。 それは、なんと言う日々だったろう。 009と002は手術を受けたというより、改造手術を受けたも同然だった。 009と002だけではなく、他の仲間も無傷ではなかったから、順番にオーバーホールが必要だった。 昔はそれが負い目に感じられてイヤだった。でも今はそうは思わない。
あなたの目が覚める時。 そう願うようになったのはいつだったろう? あなたが生きているとわかった時から? ずっとあなたのそばに付いていても、この願いは叶えられないだろうと思っていた。 002が目覚めたのだから、次は009の番。とはいっても、その日が明日なのか明後日なのか、一週間後なのか一ヵ月後なのか一年後なのか。 だから、あなたの目が開いた時、神様に感謝した。 私はあなたに話しかける。 「あれから一ヶ月が過ぎたのよ」
気付くと膝を抱えて泣いていた。 ――駄目よ。彼に気付かれてしまう。
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