潮の香りがして目が覚めた。

潮の香り・・・何故?
窓が開いている?

隣を見ると、優しい瞳の彼はいなかった。

思わず身体を起こす。部屋に視線を巡らせ、カーテンが風にそよいでいるのに気付いた。
そして、その先に。

月の光に照らされて、あなたの姿が見えた。

――おどかさないでよ。

軽く胸の裡で悪態をついてから、心地良い幸福感が身体の奥から湧き上がってくるのに身を任せた。

彼はここにいる。

私は両肩を抱き締めた。
この大切な思いがどこにも行かないように。

ベッドの上に丸くなって座ったまま、窓の外を見つめる。
そこには、月の光に照らされているあなたの姿。月光浴しているみたい。

ねぇ。このまましばらく――見ていても、いい?
あなたの姿を。

 

 

あなたと002が大気圏に突入した途端、それが視えた。
二人の身体が炎に包まれる姿を。

こんなのって、ない。

見たくないのに。

どうして視えてしまうの?
他の誰にも視えないのに、どうして私だけいつも・・・見つめなければいけないの?

ふたりが燃えてゆく。

――イヤよ。

イヤ。

お願い。

私に見せないで。
あなたが燃えてなくなってしまうところなんて見たくない。

――気が狂いそうだった。

一瞬の狂気。

いっそこのまま、狂気の扉を開けてしまおうか。
きっと扉の向こう側には、苦しい事や哀しい事など何もないはずなのだから。

「003っ!!」

強く肩を掴まれた。
その痛みで狂気の扉は閉ざされてしまった。

「004・・・わたし・・・」

そのまま白い世界に包まれ――気付いたら波打ち際にいた。
全員が。
ギルモア邸のすぐそばの海岸。

「・・・001?」

どうして意味のないテレポートを?と不思議に思っていたら。

「おいっ!!あそこっ!!」

008が叫んで駆け出してゆく。
指差す先には、赤い色の物体がふたつ並んでいた。
赤い色の。
――まさか。
だってあなたは燃えたはず。たった今。だって、私見たもの――

――それともあれは・・・あなたの残骸?

身体が震えた。

残骸。

あなたの。

・・・ううん。それでもいい。
あなたのカケラがひとつでも残っているなら。

一呼吸遅れてみんなの後を追った。
でも。

「見るな!」

005に視界を妨げられた。

「見ないほうがいい」

駄目よ、そんな事言ったって。私には視えてしまうの、知っているでしょう・・・?
そうして透視してしまった。

「・・・ジョー・・・?」

視界が揺れる。
咄嗟に005が支えてくれた。

009も002も酷い姿だった。
全身焼け焦げていて、そして。

検分していた博士が立ち上がった。

「大丈夫、二人とも生きておる!」

生きてる。

二人とも。

にわかには信じ難かった。
だって、たった今、二人の身体は炎に包まれて・・・私はそれを視たのだから。

『マニアッタ』

001?

『大気圏ニ突入シテスグニてれぽーとサセタンダヨ。間一髪、マニアッタ』

思わず揺り篭に駆け寄る。

『003ニ恨マレルト美味シイみるくヲ貰エナクナッチャウカラネ』
「001・・・ありがとう・・・」

抱き上げて頬ずりする。
私の涙が001の頬を濡らした。

『デモ、疲レチャッタ。僕ハ少シ眠ルヨ・・・』

 

 

あなたは生きていた。
確かに身体は無惨な状態だったけれど、脳は無事。

生きている。

 

 

それからの博士は寝食を忘れ、手術に次ぐ手術だった。
二人とも生きているとはいえ、早く手術をしなければ長くはもたない状態だった。
コズミ博士が一緒に手術に入ってくれたけれど、二人とも日に日にやつれていくのがわかった。
006のお料理も手付かずのまま冷めてゆくのが殆どだった。

それは、なんと言う日々だったろう。

009と002は手術を受けたというより、改造手術を受けたも同然だった。
002は片腕が半分溶けていて、両足のジェット装置も焼き切れていた。
009は片脚が溶けていて、肺が潰れていた。
どちらも重症だったけれど、009はあの魔人像のなかで闘っていたぶんの傷があったから、より重症だったのだろう。
博士が必要とする部品の調達はコズミ博士が仕切ってくれた。特殊なものばかりだから、私たちにはわからないしどうもできない。何も手伝えることはなかった。
ギルモア博士とコズミ博士。もしも二人がいなかったら・・・。

009と002だけではなく、他の仲間も無傷ではなかったから、順番にオーバーホールが必要だった。
私ひとりを除いて。
――私はみんなに守られていたから。

昔はそれが負い目に感じられてイヤだった。でも今はそうは思わない。
ひとりひとり、与えられた能力が違うのだから、頑張り所が異なって当たり前。レーダー機能を持つ私が前線に出ないのは当たり前で、強化処置も施されていないのも当たり前。だから、守られて良いのだと005が言っていた。
彼の言葉は心に沁みる。
002が先に目を覚ましたときも、それを素直に喜べず、もしも009は目を覚まさなかったらと泣いた私にそっと言ってくれた。
「大丈夫。009は003を置いて逝ったりしない。彼はそういう男」
と。

 

あなたの目が覚める時。
私は一番最初にあなたの目に映りたい。

そう願うようになったのはいつだったろう?

あなたが生きているとわかった時から?
それとも、
燃えていくあなたを視た時から?

ずっとあなたのそばに付いていても、この願いは叶えられないだろうと思っていた。
だって、いったいいつ目覚めるのか誰にもわかりはしなかったのだから。

002が目覚めたのだから、次は009の番。とはいっても、その日が明日なのか明後日なのか、一週間後なのか一ヵ月後なのか一年後なのか。

だから、あなたの目が開いた時、神様に感謝した。
私がいる時に彼の目を覚ましてくれてありがとう。私の願いを叶えてくれて、ありがとう・・・

私はあなたに話しかける。

「あれから一ヶ月が過ぎたのよ」

 

 

 

気付くと膝を抱えて泣いていた。

――駄目よ。彼に気付かれてしまう。