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雪が降っていたから、きっと冬だった。

いつの事か覚えていないけれど、私の左には兄がいて右にはジョーがいて。
両方の腕をとり、私はとても幸せだった。
ひどく上機嫌だったから、酔っていたのかもしれない。
世界中でいちばん大好きなひとたちと一緒に居られる幸せに。

場所はパリだったから・・・クリスマスの頃かな。
三人でパリの街を歩いていた。

私はとにかく楽しくて、幸せで、ずっと笑っていたような気がする。
左右から交互に、足元気をつけてとか、お前酔っ払っているのかなどと言われながら
なかばスキップするみたいに歩いていた。
とにかく、とても幸せで、見るもの全てがキラキラしていた事だけ覚えている。
そして、ふと立ち止まったショーウインドウの前。
左右の腕をぐっと引っ張って。
そこは、髪飾り製品で有名なお店の本店だった。
華奢な造りのものや、キラキラしているもの、ふわふわしているもの、たくさんの種類の品物が飾られていた。
その中央にあったのは、ピンクのカチューシャ。
両端が丸くなっていて、胡蝶貝で造られている。光を反射してキラキラしていた。
「・・・きれい」
思わず目を奪われて、じーっと見てしまう。目が離せなかった。
すると兄が言った。
「気に入ったのか?」
「・・・うん。でも・・・」
「何だ、遠慮するのか?奮発してやろうという兄に」
おねだりすれば、きっとお兄ちゃんは買ってくれる。
・・・でも。
せっかく買ってもらっても、きっと戦っている時に壊してしまう。汚してしまう。
だから、欲しいけれど欲しくなかった。
「・・・やっぱり、いい」
すると兄は、私の額をつつき、笑って言った。
「大丈夫だって。ホラ、中に入ろう」
そうして私の手を引き、店内に入って行った。
ショーウインドウに飾られていたそれを店員に持ってこさせて、つけてみろと言う。
そっとつけてみると、兄は満足げだった。
そして「それ、外さないでずっとつけてろ」と言って、店員さんと何やら相談を始めていた。
ひとり、鏡でためつすがめつ眺める私。
カチューシャは綺麗だけど・・・どうかな?
すると後ろから「似合うね」と声をかけられた。
振り返ると、所在なさげにジョーが立っていた。
そういえば、ジョーもいたのすっかり忘れていた。
こういう場所が慣れないのか、居心地悪そうに。
「・・・似合ってる?」
「うん。・・・可愛いね、そのピンク色。・・・丸いのも」
単にカチューシャをほめているのか、そのカチューシャをつけた私をほめてくれているのか、いまひとつはっきりしない。
「カチューシャのこと?」
「えっ?」
「カチューシャが綺麗だから?」
「・・・そうじゃないよ。似合ってる、って言っただろ?」
照れたように目を伏せる。
・・・そっか。似合ってるんだ、私。
鏡に映る私の顔も赤くなっていた。
すると、兄がやってきて、不思議そうに私とジョーを見つめ、くすりと笑った。
「何やってんだ、お前たち」
行くぞ。と、手を引っ張る。
「待って、お兄ちゃん。これ・・・」
カチューシャを外そうとしたら、頭に手をポンと置かれた。
「これはお前のものだよ」
「でも」
だって、こんな壊れやすいモノ、私にはつけられない。今は普通の女の子ではないのだから。
「・・・大丈夫。そう簡単には壊れないってさっき店員さんが言っていた」
「訊いたの?」
「ああ。ちょっとやそっとの衝撃では割れたりなんかしないんだってさ。もし割れて目に入ったりしたら危ないもんな」
でもお兄ちゃん。
私はいつも、その「ちょっとやそっとの衝撃」とは背中合わせなのよ?
けれども、そんな私を見つめ、兄は言う。
「心配するなって。大丈夫だから。似合ってるんだから、おとなしくつけていればいいじゃないか。
いつもより二割増しは綺麗に見えるぞ。な?ジョー?」
いきなり話を振られて、えっ、と動揺するジョー。「あ、ハイ、キレイ・・・です」と、変な返事をする。
「おいおい、スポンサーの俺に気をつかわなくたっていいんだぞ。似合ってないならそう言ってくれよ?」
「え、あっ、そんなコトは・・・」
赤くなりながら、ますます言葉がしどろもどろになるジョー。
お兄ちゃんたら。こんなトコでジョーをからかって遊ばなくてもいいのに。
「・・・フランソワーズ、似合ってるよ」
結局、真面目な顔で言うジョー。・・・なんだか嘘くさいなぁ。お兄ちゃんのせいよ?
「本当にそう思ってる?」
「思ってますよ」
やっぱり妙な言葉遣いになっている。
でも・・・確かに似合っているみたいだから、ありがたくもらってしまうことにした。
「お兄ちゃん、ありがとう」
兄の顔は満足そうだった。