「自由落下」

 

自由落下する物体の重さは、その自重プラスアルファ。
ということは、受け止めるべきものの重さは――

瞬時にそんなことを考えたわけではなかった。
けれど、腕にかかる負荷を考え、心理的に気合をいれる。
このまま腕に力を入れて受け止めるのではいけない。
もしそうしてしまったら、落下してくるそれは自由落下速度そのままに腕に激突するわけで――
地面に衝突するよりはちょっとだけまし、という状態になる。腕に受け止める意味がなくなる。
なので、腕に力は込めず――受け止めた瞬間、膝を少し曲げて衝撃を和らげるようにするべきなのだ。
そのタイミングがうまくはかれるか?

とはいえ、やるしかなかった。

「―――!!」

腕にかかった重さは、推測していたそれより大きかった。
しかもタイミングも少しだけずれてしまったような気がする。
結果、あまり衝撃を吸収しきれずにそのまま受け止める形になった。
自分にかかった負荷も当然大きかったが――サイボーグなので――大丈夫だった。
ダメージは全くなかった。

そうっと腕に抱きとめたものを見つめる。
苦鳴を洩らしてないか。
顔は痛みに歪んでいないか。
けれども。
抱きとめたそれも――サイボーグだったので――平気だった。
ただ驚いたように瞳を丸くして彼を見つめ返していた。

「――びっくしりた」
「それはこっちのセリフだよ」

半分、怒ったような声で応える。

「いったい、何をしてたんだ?」

 

***

 

ギルモア邸に戻り、ガレージから見上げた空は高く蒼くそれは気持ちの良い光景だった。
あるものを見つけるまでは。

「――っ??」

自分の目を疑った。
ギルモア邸の屋上の突端に見える、ピンク色のひらひらしたもの。
その上には金色に輝く頭が載っており――

「フランソワーズ?!」

いったい何をやってるんだ、と駆け出し――その途端に、彼女と思しき物体は重力に引かれるように――降下した。
思わず奥歯のスイッチを咬み、落下地点に先回りして構えた。

 

***

 

単なる風のいたずらだった。
グレートが風に変身していたならともかく。――が、彼の姿はなかったのでやっぱりそれはただの風だった。

書きかけのメモを卓上に残し、ほんのちょっと目を離した。
ほんのちょっと、お茶を淹れるために。
けれども、そんのほんのちょっとの隙にそのメモは風にさらわれ空に舞い上がった。

メモの到着先は、屋上の突端の隙間だった。
自分の目をもってすれば探すのは簡単だったけれど、場所が問題だった。

モノがモノだけにジェットに頼むわけにもいかず、かといってグレートに頼むわけにもいかなかった。
イワンに頼むという手もあるにはあったが――やはり、それは避けたかった。
ため息をひとつつき、そうして意を決して屋根の上に上った。

どうやって登ったのかは聞いて欲しくない。

ともかく
誰にも見咎められないうちに、早く――

気ばかり焦って、手にそれを取ってほっとしたのも束の間、彼が帰ってきた姿を見つけ、その瞬間身体が宙に浮いていた。

 

***

 

「何、って――」

手の中のものを隠そうとするも、目聡く見つけられてしまう。

「――手に持ってるのはなに」
「何って・・・ただの紙、よ」
「ふうん・・・そんなに大事なもの?」
「え」
「それをとるためにあんなトコロにいたんだろう?」

まぁ、そうだけど。
見透かされているようでちょっと面白くない。

「――ジェットに頼めばよかったのに」
いるんだろ?いま部屋に。

その声に首を左右に振る。
「ジェットになんか頼んだら後で何を言われるかわからないわ」
いったいそれに何が書いてあるのかとしつこく追求されるに決まっている。

「だったらせめて、僕が帰ってくるまで待つとか」
さっきよりも激しく首を振る。
「嫌よ。ジョーなんかに頼むなんて」
それこそ、一番見られたくない相手なのだから。

「何だよ、『なんか』って。――傷つくなぁ」
「いいから、もう降ろして」

そう。未だ彼女は彼の腕に抱き上げられたままだったのだ。
降りようとじたばたもがく彼女を全く意に介さず――
「嫌だね」
「降ろしてってば」
「イ・ヤ・だ」
頬を膨らませ、彼の顔を睨みつける。
「――助けてくれたのにはお礼を言うわ。――ありがとう。だけど、もう降ろしてくれたっていいじゃない」
「気持ちがこもってない」
「ありがとう、ってちゃんと言ったじゃない」
小さな声の抗議は当然の如く黙殺される。
「それに、助けた僕には君が持ってるのが何なのか知る権利があると思うけど?」
「権利、って・・・」
そんな理屈があるとは思えなかった。

「見せて」
「イヤ」
「いいじゃないか」
「だめ」
「なんで」
「なんででも」
「――けち」
「けちじゃないもん」

唇を尖らせる。

「――ふん。そんな顔したら――」
「なっ・・・ジョ」

唇にちゅっとくちづけられる。

「やっ・・・何するの、急に」
「そんな顔するからだろう?」
更に頬にも。

「――!!」
くすぐったいのか恥ずかしいのか、怒るべきなのか、混乱する。
「ホラ。言わないと食べちゃうぞ」
「た、食べる、って」
「いいのかい?ここで食べても」
「ここで、って・・・」
庭なのだ。
それも、海がすぐ目の前のいわゆる館の前庭。
いつ誰が窓から顔を出しても――庭に出てきてもおかしくない。

「――や。言わない」
「・・・フーン・・・食べてもいいんだ?」
「そういう意味じゃないわ」
「同じだろ?」
そうして首筋に唇が近付いて――

「・・・ホラ。フランソワーズ。知らないよ?」
「・・・・っ」
真っ赤になって、彼の腕の中でひたすら丸くなっている彼女。
「・・・ジョーのばか」
「聞こえないな」
声とともに、彼の唇が首筋から胸元を掠め――ぎゅっと目を瞑る。

――だって、言えないわ。
これに何が書いてあるのかなんて。

だってそれは。

言えない。

きゅっと胸元に甘い痛みが走り――思わず彼の肩に回した腕に力をこめる。
「――ホラ。言わないから。――知らないよ?」
掠れた声に、そうっと目を開ける。
「・・・じょ」
「――痕が」
彼の視線を辿ってゆくと、そこには。

胸元の大きく開いたワンピース。
そして、白い肌には彼のつけた赤い痕がくっきりとその存在を主張していた。

「知らないっ。もう、ジョーのばかっ」