ジョーのお誕生日2010
「ねえ、ジョー。ずうっと一緒にいるっていうの、それってつまりその……」 さらりと同意されたものの、それの意味するところを思うと、スリーの体温は上昇した。 今さら、そんなに慌てなくてもいいじゃない、もう……慣れているんだし、何回もしてるんだから。 そう思った途端、今度は自分の思考に慌てた。 いやだ、慣れてるってそういう意味じゃないし、何回もしてるなんてそんなの、 「……顔、赤いぞ」 ナインに言われ、声が裏返った。 「べべつにジョーのことを考えてたわけじゃ」 顔色ひとつ変わらないナイン。 だからスリーは大きく深呼吸した。ラジオ体操でするように。 ナインとずっと一緒。そう思っただけで、夜の……とても優しいナインと彼の肌の色を思い浮かべるなんておかしいのだ。自分は邪念に支配されている。 だからスリーは一生懸命、深呼吸をした。 「……ほっぺが真っ赤だな」 そうしてちらりと目が合って。 その瞬間、ナインは大笑いしていた。 「えっ、なあに、どうしたのよジョー」 透けて見えるスリーの気持ち。 「なあに、いやなジョーね、もう」 フランソワーズはずっと考えていた。 そして、ふっと思い出したのだ。 「いやだ、その日ってモナコグランプリじゃない!」 毎年のように日本で迎えるジョーの誕生日ではないのだ。 「やだわ、私ったらすっかり……」 忘れてたと呟くと、大きく息をついた。 ほっとしたといえばほっとしたけれど、なんだか少し残念なような、そんな複雑な気持ちだった。 ともかく、ジョーへのプレゼントをどうするのかは振りだしに戻った。改めて何か考えなくてはならない。 ジョーの欲しいもの。 ジョーが貰って嬉しいと思うもの。 それはいったい何なのか。 フランソワーズは知らなかったけれど、ジョーが自身の誕生日を嫌がらなくなったのは、プレゼントが彼女自身であったからだった。 本当は、モナコグランプリに行くというのは当日までの秘密だった。 もちろん、それもわかっている。 ただ、私は。 ジョーの笑う顔を見たい。 それがいいことなのか、悪いことなのかはわからない。 わからないけれど。
いつもの朝。
ギルモア邸のリビングでコーヒーを飲んでいるときだった。
スリーがもじもじと言いにくそうに言う。
ナインはただ黙って、カップの縁からスリーを見ていた。
「だ、だから、その、……つまり」
「つまり?」
「あの、私、お泊まりする……ってことよね?」
「そうだね」
「で……」
頬が燃えるように熱い。
「えっ!?」
「ふうん。考えてたんだ?」
「かっ、考えてたなんて言ってないもんっ」
「そう?」
「そうよっ」
口調もいつもと変わらなかったから、ナインは自分をからかって遊ぼうとしているようではなかった。
スリーはそう判断した。
ナインはただ単に事実を指摘しただけで、それ以上でも以下でもないのだ。
自分の顔が赤いのを不思議に思っただけで。
大体、彼だってそういう意味でいるわけではないかもしれないのだ。
ずっと一緒にレイトショーを観るだけなのかもしれないし、夜通しドライブなのかもしれない。
ともかく、こんなオカシナ妄想はどこかへやらなくては。
「なんでもないわ、放っておいて頂戴」
「うん、まあ、いいけど……」
「いやあ、なんでもないよっ」
それが嬉しくてくすぐったくて、ナインは笑った。
考えて考えて考えて。
雌雄を決するといっても過言ではないモナコグランプリ。
その日はジョーと一緒にモナコにいるのである。
だから、ジョーがいくら鼻を鳴らしたところで、昨年やその前のようなプレゼントをするわけにはいかないし、しようにもできない。
だから。
そうではなくなったら、彼にとっての誕生日は再び忌避すべきものになってしまうのかもしれない。
なのについそれを話してしまったのは、ジョーの声があまりに寂しそうだったからだろうか。
私はジョーに甘い。
仲間にも何度もそう指摘されてきた。
けれど。
直すつもりはない。
お前さんはジョーの母親でも姉でもないんだぞ。
それも何度も言われた。
私自身、そんな驕ったことは考えたこともない。
嬉しいって思ってくれたなら幸せ。
ただそれだけ。
それしかない。
だから、私はジョーに甘い。
ジョーを笑顔にできるように頑張る自分が好き。
NEXT