ジョーのお誕生日2010
  ナインはいったい、自分が何をどうすれば喜ぶのだろうか。 スリーはずっと考えていた。 ――やっぱり、もっと……アハンとかウフンとか何かこう……語彙があったほうがいいのだろうか。 しかし、だからといってそこそこもっととかそういうのは避けたかった。 スリーはそう思うのだ。 ただ、実際にそれをどうすればいいのかわからないし、きっかけがないのも確かだったから、ナインの誕生日というのは決心するには良いきっかけでもあった。 だから、できるだけのことをやってみよう。 そう思ってはいるのだけど。 なかなか思いつかないまま、その日が来てしまった。     ***     「あのう……ジョー?」 そういうわけにはいかない。 だからスリーは早口になりながら続けた。 ナインの眉間に皺が寄る。 「僕は言ってない。――誰に言われた?」 そうだったそうだったとスリーは大きく頷いた。 それがナインの望んだことであり、彼がもらった誕生日プレゼントでもあった。 「そうだけど――そうじゃなくて」 どきどきする。 ナインと肌を合わせるというのは、いつもいつも――恥ずかしくて、どうしたらいいのかわからなくて、でも――嬉しくて。 いらいらとした声。 ナインの頬が緩んだ。 「いいよ。僕にはこうしているだけでじゅうぶんすぎるくらいさ」 スリーは大きく頷いた。 「うーん。そりゃ、くれるっていうなら貰うけど、でも……今、かあ」 参ったなと言うナイン。 「えっ、何?」 ナインの上に乗ったものの、ここから何をどうしたらいいのかさっぱりわからない。 「その――いつもジョーが進めるでしょう?だから、たまには私がその、いろいろするから、ジョーはちょっと休んでいて……いいの、よ?」 お誕生日なんだし、何にもしなくていいの。と一息に言ってしまう。 「え、と……」 ああそうだ、ちゅーするだけじゃなくて、どこか――触るんだわ。このままじゃ手がお留守だもの。   でも。   順番から言えば、次はたぶん胸になるのだろうけれど、男のひとにも有効なのだろうか? スリーにはわからない。 ナインの胸が震えている。 くすぐったいのだろうか。 そう思ったから、ここはいつも彼が言っているようなことを言わなくてはとスリーは口を開いた。 「ジョー。くすぐったい?」 笑い混じりの声で言われ、思わずスリーが顔を上げると。 「なによ、どうして笑うのっ」 ひどいわ、とスリーが訴えるのにも耳を貸さず、憑かれたようにナインは笑い続けた。 「駄目よ、ジョー。今日は違うのっ」 まだ笑いが抜けきらないナインの声。 「だって」 一大決心だったのに。 それを笑い飛ばされて、スリーは恥ずかしいのと情けないのとで泣きそうだった。 あんまり可愛くて、嬉しくて。 「うん――嬉しすぎると笑うんだ」 そうしてナインはそのままスリーを抱き締めて、彼女の肩に鼻を埋めた。 「しばらくこのままでいてくれ」       訊くつもりだったのに。 ぎゅーっとしてちゅーよっ。 そう思っていたし、そうするつもりだったのだ。 だから、 「うわ、やめろよフランソワーズ」 そんな会話もあるだろう。 なのに。 「お兄ちゃん……もう来てたの?」 ぎゅーっとしてちゅーはどこへいった。 フランソワーズは恨めしげにジョーを見た。彼の肩には兄の腕が回されている。 「ん?フランソワーズどうかした?」 つん、と顔を背けると、突然兄が笑い出した。 「まったく、お前はチビの頃から変わらないなあ。ほらよっ」 かけ声と共に押し出されたのはジョーだった。 「邪魔者はちょっとだけ消えててやるから、ぎゅーっとしてちゅーを思う存分するんだな」 突き飛ばされてフランソワーズに抱きつくかたちになったジョーを受け止めつつ、フランソワーズは兄を目で追った。 「お兄ちゃん」 なんで……どうしてわかるの?ぎゅーっとしてちゅーしたいのが。 「ちっちゃいときからそうだったろ?」 同じ蒼い瞳を煌めかせ、兄は笑った。お前のことはお見通しなんだよと。     ***     結局、フランソワーズの危惧したとおりになった。 レース後、ホテルに戻った三人はジョーのバースデーを祝ったのだが、あくまでも「三人」であり「二人っきり」ではなかった。また、それより何より兄はジョーと一緒に飲んで飲んで飲みまくっている。フランソワーズの出る幕はないようだった。しかも、ジョーもそれを喜んでいるのかフランソワーズのことをすっかり忘れたかのように飲んでいる。 「……もうっ」 だから兄が来るとイヤなのだ。ジョーをとられてしまう。 ただ。 それも限度があるだろうと思うのだ。 「ジョーの恋人は私よ?私がいなかったら、お兄ちゃんとジョーは会えなかったんだから」 そう考えると不思議ではあるが。 「おお、そうだよファンション。お前、よくわかってるなあ!」 兄が上機嫌で妹を手招きする。 「ほら、そんなところで拗ねてないでこっちにおいで」 兄が笑う。 「家族三人、仲良くしなくちゃな!」 「あれ?そうだろう、ジョー?家族だから誕生日に俺も呼んだんだろう?」 フランソワーズが怒ったように言う。ジョーは無言で兄妹ふたりを見つめるばかり。 「そうだろう?」 ふたり同時に言われ、ジョーは答えに窮した――かのように、見えた。 「――なんだ、そうか。そういうことか」 ひとりで何か言って納得しているジョー。 「もうっ、お兄ちゃんってば!酔っ払いね!」 兄妹のじゃれあいのようなケンカが始まった。     誕生日を「家族」に祝って欲しかったんだ。   ジョーが笑う。 フランソワーズも笑う。 ジャン兄も笑う。         「いやあ、やっぱり勝利の女神っすよ」 「そりゃ……フランソワーズさんが知らないだけですよ」 フランソワーズから見たジョーは、ふだんのジョーならともかく「ハリケーン・ジョー」の時の彼は常に自分を律して厳しく、妥協を許さないひとである。 それが、そうではない? そんなばかなことはないでしょう。 フランソワーズがそう言っても、スタッフは曖昧な笑いを浮かべるだけで明言を避けた。 そんなはず、ない。 だって私にはそんな影響力はないし、ジョーは……彼の思っている事はさっぱりわからない。 例えば、――本当の勝利の女神様とか。 自分なんて、勝利の女神その1かその2かその10かもしれないのだ。 だってジョーはもてる。 ふだんのジョーは、はっきり言葉にすることは殆どなくて、あっさりすっきりしたものである。 だから、自分の気持ちは心のずっと奥底に押し込んでいる。 表面だけで彼と軽口をたたきあうのは楽しい。それが本音なのかどうかわからなくても。     ***     勝利の女神ではなくても、ジョーのそばにいるのが好き。 そう割り切った。 だから、ジョーが一番に戻ってきたときは嬉しかった。 抱き締められて、抱き締め返して。 「やっぱりきみがいると違うよ」 嘘だろう。 でも、いい。 今は――今だけは。 「今日はお誕生日だから、ダブルでお祝いしなくちゃね」 フランソワーズがにっこり笑って言うと、ジョーも笑顔を返した。 「プレゼントは何がいいかしら」 顔に出ていた。がっかりした気持ちが。 ジョーの瞳がまっすぐに見つめている。 「……フランソワーズ?」 声が出ない。 出せない。 いま一言でも喋ったら、きっと――ばれてしまう。 ヤキモチをやいているのが。   しかし。   「ばかだなあ」 ジョーのひとさしゆびが額をつついた。 「僕が他の誰かから何かいいものを貰ったから、自分の出る幕はないとかなんとか、そんなこと思っただろう」 だって――そうなんでしょう? 「――あのさ。僕の誕生日なんだよ?僕の欲しいものくらい知っててくれないと困るな」 ジョーの……欲しいもの。 それはなんなのだろう。 ずっとずっと。 彼と初めて会ったときから――ずっと。 「……それとも、もらえたと思ったのは僕の勘違いなのかな」 フランソワーズの沈んだ気持ちが伝染したのか、ジョーの声も暗く沈んだ。つい先刻までの輝くような笑みも消えている。 「……ジョー?」 手に入るわけがないよなと小さく笑って、ジョーはフランソワーズから手を離した。 ふたりの間によそよそしい空間ができた。 周囲からブーイングが起こった。 ふたりが驚いて顔を上げると 「いい加減にしてくださいよまったく」 口々に言われた。 微かに染まるジョーの頬。 「みんな何を言ってるのかなあ、その、僕は」 ジョーの瞳が丸くなる。 「そ……」 「……それでいいの?」 今日の勝者もジョーで。   だから。   フランソワーズは抑えていた自分の気持ちを解放した。  
   
       
         
         
          
   
         洗濯物を干しながら考えて、料理をしながら考えて。それこそ、寝てもさめても考え続けた。
         それは、以前の彼女から見ればとんでもない事態ではあるのだけど、少しは彼女も成長していた。
         と、言えるのかどうかわからないが、少なくともタブーではないのは確かだった。
         いくらナインが「くすぐったい、じゃなくて、気持ちいい、だろ?」と言ってもなかなかそうは言えないスリーであったし、そんな彼女が不満かといえばそういうことはないようなナインなのである。
         いやむしろ、そのままの――ありのままの、今のスリーがいいと彼は言うのだ。
         だからずっとそれに甘えてきたけれど、そろそろ脱却すべきときではなかろうか。
         「ん?なに?」
         どんどん脱がされてゆく衣類を見ないようにして、スリーは問うていた。
         「あの……私、ずっと考えていたんだけど」
         「ふうん。何かな」
         ナインの唇が頬や耳たぶを掠める。
         「あの、……前に言っていたでしょう」
         「うん?僕、何か言ったかな」
         「ええ、あの」
         ナインがあちこち触るのでスリーは落ち着かない。
         このままだといつものように彼のペースである。
         今日は――今日だけは。
         「その……時には娼婦のように、って」
         「えっ!?」
         思わず止まったナインの手。スリーはもじもじとシーツの端を引き寄せた。
         「――言ってないよ、そんなこと」
         「えっ、ううん、誰にも言われてないわ。ええと、その……私が言ったんだわ、ええ」
         しかし、ナインの目は険しくなったままだった。
         「フランソワーズ?」
         スリーはそろそろと目を上げて――ナインと向き合った。
         「あの。き、今日はジョーのお誕生日だし。その、……私から何かあげたいな、って……」
         「だからずっと一緒にいるんだろう?」
         「なに?今さら別のものにするって言われても返さないよ?」
         強引に抱き締められ、倒されて。
         スリーの心臓は早鐘を打つ。
         ここは――この段階は、いくら同じことを繰り返しても、慣れない。
         「そうじゃないの、そうじゃなくて……ちょっと待って」
         なんとか彼の胸を押し戻す。
         不審に光るナインの瞳。
         「……今日のフランソワーズは何か変だな。本当に何があったんだい?」
         怒っているのかもしれない。が、それでもナインは何とか自分の話を聞いてくれようとしている。
         男のひとがその一連の行為の途中で止まるというのは強い意思が必要だと本に書いてあった。
         自分勝手に進めないで、待ってくれる。
         それだけでスリーは胸がいっぱいになってしまったけれど、ここは泣いている場合じゃない頑張らなくてはと自身を鼓舞した。
         「あの、今日はジョーのお誕生日でしょう」
         「うん」
         「だから、その、……もうひとつプレゼントしたいな、って……」
         「――なんだ、そんなことか」
         安心したかのように瞳が優しくなる。
         「でも」
         「それにもうひとつって言われても、それって今じゃないといけないのかい?」
         その彼の首に両手を投げかけ、フランソワーズは体を起こすとくるりと天地を反転させた。
         「あの、今日はその、私が」
         とてもナインの顔を見られない。
         見られないけれど、このまま黙って彼の返事を待つのも妙な間である。
         だからスリーは、とりあえずはちゅーよね、と心のなかで言って、ナインの頬にくちづけた。
         それから。
         黙ったままのナインの顔を見ないように目を伏せて、そのまま彼の首筋にキスをする。
         ――それから。
         それから……いつもジョーはどうしていたんだっけ?
         わからないけれど、でも――とにかくやってみるしかない、とナインの胸にキスをした。
         「ああ。くすぐったいね」
         「違うでしょう。くすぐったい、じゃなくて、気持ちいいでしょ?」
         「ああ、そうだったね――気持ちいい……」
         そこには笑いを堪えたナインがいた。
         目が合うと、たまらず噴出した。どうやら彼の胸が震えていたのは笑いを堪えていたせいだったようだ。
         あんまり笑うので、スリーはその振動で彼の上からころんと隣に転がった。慌てて体を起こし、再びナインの上に上がろうとしたところで――当の彼に組み伏せられた。
         「いいよ、もう」
         「あー、苦しい。いいよもう……本当に」
         「だって、……笑うなんてひどいわ」
         「――違うよ。そうじゃないよ。……ありがとう」
         「えっ?」
         「うん。いいプレゼントだった」
         「え、でもまだ途中で」
         「うん。いいんだ。じゅうぶんだよ」
         「でも」
         「嬉しかったから」
         「だって、笑ってたじゃない」
         「そうだね」
         こんな可愛くて嬉しいプレゼントを貰うのは初めてだったから。
         「ジョーってそういうひとだったかしら?」
         「うん。今そうなったようだ」
         「……ジョー?」
         そうじゃないと泣きそうだったから。
   
       
         
         
          
   
         フランソワーズの思惑は完全に外れた。
         何しろ、とにかく着いたらサーキットに直行して、
         大体、一緒に来ているはずのモナコだったのに勝手にひとりで行ってしまったのはジョーだったし、軽いお仕置きのつもりもあった。
         「いやよ」
         「だめだよ、……うわっ」
         「だってジョーったらひどいんだもの」
         「だからって……」
         そういう、イチャイチャ親密な時間も楽しみにしていた。
         「よお、やっと来たな」
         仲良く肩を組んだ兄と彼氏に出迎えられたら、どうすればいいのだろう?
         「お?なんだなんだ、会えて嬉しくないのか?」
         「嬉しいわよ、もちろん。でも……」
         「……別にっ」
         「お兄ちゃん!」
         「え、なに、ぎゅーっとしてちゅーって」
         「ちっちゃいときからそうだった……か」
         フランソワーズを抱き締めながら、ジョーが小さく呟いた。
         別に兄にそっちのケがあるわけではないし、妹としては兄と恋人の仲が悪いより仲が良いほうがいいに決まってる。
         もう片方の腕はジョーの首に回したままだ。
         フランソワーズは頬を膨らませたけれど、素直にそれに従った。
         兄の隣に座る。
         すると、兄は妹の肩にも腕を回して引き寄せた。
         ――家族。
         ジョーと目が合った。きょとんとしている。
         「違うわよ、レースがあるからでしょう」
         「そうでしょう?」
         しかしそれはフランソワーズの勘違いで、次の瞬間、ジョーは笑ったのだった。
         それも――嬉しそうに。
         「なにがそういうことなの、ジョー?」
         「いや、いいんだ。……そうか、僕は」
         フランソワーズは訝しそうに彼を見つめ、追求したものかどうか迷った。
         けれど。
         兄が両腕にふたりを抱えたままぎゅーっとしてちゅーをしたから、機会を逃した。
         「酔ってないよ。な?ジョー」
         「ええ、酔ってませんよ」
         「もうっ……ずるいわ、ジョーを味方につけるなんて」
         「はん。いいだろう、いつもお前の味方なんだから、たまには俺に寄越せ」
         「寄越せって、ジョーはモノじゃありません」
         ジョーはそれに参加はしなかったけれど、未だ自分の肩を掴んだままのジャンの手を振り払うでもなくそのままに任せていた。
         ……そうか、僕は。
         「ん、何か言ったジョー?」
         「いや、なんでもないよ」
         「そう?」
         「うん」
         こんな誕生日は初めてだった。
   
 
       
         
         
          
   
         フランソワーズの問いにスタッフはみな同じように答えた。
         そんなことないでしょうと返すと、
         「そうそう。いらっしゃる時とそうじゃない時の違いをお見せしたいですよほんと」
         ――そんなに差があるのだろうか。
         それは自身にも周りにも同じようだったし、一本筋が通ったものだったから、スタッフの憶えもよくチームワークは抜群であった。だから、彼のチームが負けることなどないと信じて疑わないのであるが。
         ――違うわよね。
         レースに来て欲しいとは言うけれど、まるっきり言わないこともある。
         つまりは、フランソワーズがサーキットに来るのも来ないのもどうでもいいようなのだ。
         あるいは――フランソワーズはきっとこれが正解なのだろうと思っているのだけれど――フランソワーズがいつもサーキットに来たら困るわけが彼にはあるのだ。
         そう。
         女に不自由していない。
         だからフランソワーズは常に自分を抑えている。
         ジョーを好きになりすぎてはいけない。
         好きになりすぎたら、ずっと一緒にいたくなってしまう。
         彼を――独り占めしたくなってしまう。
         そんなことはできないのに。
         それでも、そうしていれば傷つかなくてすむし、泣かなくてすむ。
         ジョーの気持ちが欲しくてももらえるわけはないから、自己防衛に走る。
         自分を守るために気持ちを抑える。
         そういう態度はいけないし、誠実ではないと思うものの、――つい期待してしまって、そして現実を知って泣いて暮らしたことは一度や二度ではないから。
         私はジョーの勝利の女神なんかじゃ、ない。
         ジョーのそばにいたい。
         走る彼を見ていたい。
         一番に戻ってくる彼を迎えたい。
         そのくらいは……いいわよ、ね?
         モナコグランプリには、どうやらフランソワーズ以外に「彼の勝利の女神」はいないようだったから。
         だから、自分は何番目なのかわからないけれど、ひとりしかいないのだったらそう思っていてもいいかもしれない。
         まっすぐに自分に向かって駆けてくるのも。
         「フランソワーズ!」
         「ジョー。おめでとう」
         ジョーの汗のにおいがなんだか懐かしかった。
         「またそんなこと言って」
         「本当さ」
         「もうもらったからいいよ」
         「えっ?」
         誰から?
         何を?
         フランソワーズの笑顔が凍った。
         「フランソワーズ?」
         「えっ、あ、そう……もうもらったのね、どんなのかしら」
         「すっごくいいもの」
         「そう……」
         「うん?なんでそんな顔するんだい」
         「えっ」
         全てを見透かされそうで、フランソワーズは思わず目を逸らせた。
         それをずっと自分は考えてきたのではなかっただろうか。
         「いや――うん。そうだよな。そう簡単に」
         その途端。
         「えっ、何?」
         「離れるのがイヤだっていつも泣くくせに、なんですかこれは」
         「もうお別れの時間をとってあげるのはイヤですよ」
         「欲しいもんは欲しいってちゃんと言わないともらえないぞ、ジョー」
         「フランソワーズさんも何を遠慮してるんですかっ」
         スタッフからの笑顔のエール。
         フランソワーズはジョーに視線を戻した。
         ジョーもフランソワーズを見る。
         「……ええと」
         「ジョー。あなたの欲しいものってなに?」
         「えっ」
         「教えて」
         「いや、それは……」
         「知りたいの」
         「いや、でも」
         「だって、もしかしたら――私があげられるものかもしれないもの」
         「教えて」
         ジョーが黙る。
         周りも静かになる。
         「……それは、」
         ――きみの気持ちだよ
         小さく小さく言われたそれは、フランソワーズにしか聞き取れなかったけれど。
         「うん」
         「あげてもいいの?」
         「くれるの?」
         「だって私、それしか持ってない」
         今日はジョーの誕生日で。
         大好きな大好きなジョー。
         今日はきっと――どんなに好きなのか彼にぶつけても、全部受け止めてくれそうな気がするから。
HAPPY BIRTHDAY,JOE !!