「ジョーの誕生日」
新ゼロです。
誕生日なんて興味が無かった。 僕にとってのそれは、他人が決めたただの数字に違いなかったし、だからといって本当の誕生日を知りたいなどという欲求も起きた事はなかった。 だから。 そう、だからきっと、これは歓迎すべきことであり、僕はほっとしていいはずなのだ。 であるはずなのに。 なぜか僕は落胆していた。 ドアを開けても誰もいないことに。 もしかしたらどこかに誰か隠れているのかもと部屋中を探し回るという愚行をし、そんな己の姿に大笑いした。 いったいなんなんだ僕は。 なぜがっかりしているんだ? そう――僕はがっかりしていた。 誰も祝ってくれないことに。 部屋は真っ暗で、もちろんサプライズでも何でもなく、ただの普通の一日の終わりに近い夜だった。
―1―
そのくらい、どうでも良いことだったのだ。
だから、誕生日会をするわねと言われても戸惑ったし、サプライズバースデーパーティなんて催されてもどう反応したものか迷惑以外の何者でもなかった。
誕生日だからといってあれこれ世話を焼いてほしくないし、嬉しそうなふりをするのも苦痛だ。
だからそれをしなくていいっていうのは願っても無いことであり、僕はもっと嬉しがってもいいはずである。
電気をつけても何も無いことに。
誕生日を祝われることが苦痛だと散々言ってきかせたんじゃないか。
だからこうしてスルーされるのは――ふつうの日と変わらないのは、歓迎すべきことじゃないか。
誰も待っていてくれなかったことに。
きっと、フランソワーズがいけないんだ。 僕はテレビをつけてそれを漫然と観ながらカップラーメンを食べていた。 大体、フランソワーズが「ジョーの誕生日には何をしようかしら」などと言い出したりしなければこうはならなかった。 どうしてこうなった。 ――もしかしたら、ギルモア邸に帰ればよかったのだろうか。 ふとそんな思いがよぎる。 フランソワーズがいないだなんて思ってもいなかった。 嘘だ。 思っていた。 知っていた。 ……電話越しで大喧嘩なんてするもんじゃない。 仲直りのタイミングを掴めず、そのまま日付が変わってしまい今に至る。 ………。 嘘を言った。 僕の誕生日を祝うと言った彼女に、いいよもうそんなことしなくてと言ったのは僕だ。 ええそうするわ。 ええそうするわ。 ええそうするわ。 ええそうするわ………
―2―
諸悪の根源は彼女に決まっている。
僕は誕生日なんて興味が無かったのだから。
それをまるで意味のあることのように大げさにしたのがフランソワーズだ。
「何言ってるの、お祝いするに決まってるでしょう」などと言い出して、毎年あれこれ企画する。
それにすっかり慣れてしまったから、こうなった。
あんな風に騒ぎ出さなければ、いまこうしているのだって別にどうってことなかった。
そう、カップ麺を食べているのにフランソワーズの作ったケーキを思い出すとか。
そのケーキの思い出が強すぎて、ラーメンを食べているのに味が全くわからないとか。
そんなややこしい目に遭うはずはなかったんだ。
ぜんぶ、フランソワーズのせいだ。
僕は全く味のわからない――否、なぜか彼女の作ったバースデーケーキの味がする――カップ麺を食べ終わると漫然とつけていたテレビを消した。
途端、リビングは静寂に包まれた。耳の奥が痛い。
が、しかし。
毎年僕の誕生日はここで――僕のマンションで、ふたりきりでお祝いするのだと言って譲らなかったのがフランソワーズだ。だから僕は毎年の慣例でここに帰ってきてしまった。
何しろ昨夜――大喧嘩したのだから。
つまり、僕の誕生日の前日夜に喧嘩をしてそのまま持ち越してしまったというわけ。
今となっては何が原因の喧嘩なのかそれも思いだせないくらいだ。
またまたジョーったら本当は楽しみにしてるくせにと笑った彼女に、いつも嫌々付き合ってるんだと言ってしまった。
電話の向こうは誰もいないみたいに静かになった。
僕が少し不安になったくらいの時間が経過したのち、機関銃のようにフランソワーズが話し出した。
殆ど聞き取れなかったけれど怒っていたのはわかる。
が、まさかつい照れ隠しに言い過ぎてしまっただけだごめんなどと言いだせるわけもなく(だって格好悪いじゃないか)
彼女がヒートアップするにつれ、僕も本当に思っていることとは正反対の方向に進まざるを得なくなった。
結果、僕の誕生日だからといって大騒ぎするのは迷惑だもうやめてくれ――と心にもない啖呵を切った。
別にどうってことはない。 だから、今日はいつもの普通の日と何も変わりがない。 でも ごめん。 ごめんね、フランソワーズ。 本当は、いつも祝ってくれて嬉しかったよ。 こんな僕に「出会えて嬉しい」って言ってくれてありがとう。 ごめん。 酷い事を言ってしまった。 もう取り返しはつかないけれど。
―3―
僕は自分の誕生日など、まったく興味が無いのだから。
大体、誕生日っていったって、僕の場合それが本当なのか嘘なのか誰も知りようがないのだし。
フランソワーズが毎年勝手に騒いでいるだけで、僕はそれに嫌々付き合ってきただけなのだから。
嫌々付き合ってきただけなんて、嘘に決まってる。
僕が生まれてきたことを祝ってくれるひとがいるなんて、照れくさくてどんな顔をしたらいいのかわからなくて、だからそんな風にひねくれたことを言ってしまった。
「産んでくれたお母さんに感謝の日ね」って言ってくれてありがとう。