―4―

 

もう取り返しはつかない。

 

そう思ってはいたが、完全にそうだと思い込んでいたわけではなかった。
なにしろ相手はフランソワーズなのだ。
僕のことを大好きだの愛してるだの普段からふつうに公言して憚らない彼女のことだ。そんな「大好きなジョー」のお誕生日を完全にスルーするわけがない。
こうしてわざとひとりぼっちにして反省を促し、そうして僕がじゅうぶんに反省したと思われる頃に姿を見せるに違いない。
きっとそういう演出なのだ。

僕は心のどこかでそう信じていた。
信じて疑わなかった。

あの優しいフランソワーズが、こうして喧嘩したまま事態を放置するなんて思えないのだ。
だって、あのあと電話も何も――本当になんの音沙汰もないのだから。
だからそれは、こうして僕を驚かせてごめんねフランソワーズと素直に言える機会を作ってくれるという演出に間違いない。
実際、フランソワーズはたまに――僕がそれと忘れた頃に――こういう芝居じみた演出で登場することがあった。
だからきっと今回もそうなのだ。
なにしろ舞台は整っている。僕の誕生日だという。

そう思い始めると、なんだか昨夜の電話での喧嘩さえもその布石だったのではないかと疑ってしまう。
もちろんそんなはずはなく、あれは正真正銘の喧嘩だったのだけれど。

 

 


―5―

 

でも、よくよく考えてみれば――部屋じゅう捜したのにフランソワーズが忽然と姿を現す手がかりなどどこにもなかったし、フランソワーズ自身の影も形もなかったのだった。

そのことを僕が思い出したのは、今にもフランソワーズがピンポン鳴らすのではないかとインターホンを睨み始めてから数時間後のことであった。

 

 

 

 

結局、フランソワーズが姿を見せることはなかった。