―6―

 

この私がジョーのバースデーをスルーするわけがないでしょう!!

 

もっとも、未だに怒っていますけど何か?

 

 

怒髪天を突くとはよく言ったものだと思う。実際、昨夜の電話を切ったあとの私はまさにそんな感じだったのだから。
何が「迷惑だからもうやめてくれ」よ。自分の誕生日をメンドクサイって思うのを克服して数年経つでしょうに。その間、自分の誕生日を忌むべきものから楽しみだって思えるようになってきたっていうのに、今さら「迷惑」だ?
そんなの嘘を言ってるって見破れないとでも思っているのかしら。

…………。

思っているのかもしれない。ジョーは。
彼は意外とそういう男なのだ。

ああ、メンドクサイ。なんて手がかかる。

自分の誕生日を楽しみにできるようになって数年。誕生日に落ち込むこともなくなったし、来年も楽しみにしてるよなんて言ったりもするようになった。だから、昨夜の電話で「迷惑だ」なんて言ったのはきっと、売り言葉に買い言葉の一環で、単に引っ込みがつかなくなってしまったのだろう。そのくらいわかる。

わかるけれど。

だったら素直に謝ってくればいいのにそれをしないのが頭にくる。絶対、後悔しているくせに。
こちらから電話するなりして謝るきっかけを作ってあげるのは簡単だけど、でも今回はモノが誕生日なだけにジョーのほうからちゃんと連絡して欲しかった。
ちゃんとごめんねフランソワーズって言ってくれれば、今頃は……。

なのに。

ジョーのばかっ。

おかげで、ジョーのお誕生日を祝うプロジェクトが台無しじゃないのよ。どうしてくれるの、もうっ。

今頃ジョーはひとりぼっちでマンションの自分の部屋に居るに違いない。落ち込んでいる時、外に遊びに行くなんて発想は無いひとだから(もちろん、ずうっと昔はあったのかもしれないけれど)。
きっと、あの時ああしていればこうしていればってぐじぐじ考えながら膝を抱えているんだわ。目に見えるようよ。そして、きっとフランソワーズは来てくれるってインターホンをじっとり見つめながら子犬のように待ってるんだわ。

ふん。

残念ね。

そんな思い通りのことなんかしてあげないの。

今日は反省しなさい、ジョー。

私はこんなに元気にしているから、なんにも傷ついてないように思うでしょうけれど――まあ、実際、傷ついてはいないけれど――けっこう酷いことを言ったのよ?あなたは。

 

 

私はカフェでお茶を飲んでいた。
このカフェは通りに面した窓からジョーのマンションの一部が見える。そのくらいの距離にあった。

今日はジョーの誕生日。でも、あと数時間で終わってしまう。
昨夜の喧嘩のせいで、私の計画していた「ジョーのお誕生日プロジェクト」は崩壊した。が、試行錯誤の結果、プランCなら実行可能ということがわかった。

きっとジョーは「もうフランソワーズは来ない」って思っているだろう。
今日という日に今の今まで何も連絡をしていないのだから。

でもね。ジョー。甘いわよ。
どこの誰が「大好きなジョー」の誕生日をスルーすると思って?

そんなわけ、ないでしょう。

 



―7―

 

プランCといっても、何も大層なことをするわけじゃない。
ただ、ジョーに「あなたはけっこう酷いことを言ったのよわかってる?」って反省を促した後にお誕生日を祝っちゃおうっていう計画。ただそれだけのこと。

ただそれだけの……こと。

なんだけど。

私にとっては「ただそれだけのこと」って一言で言ってしまうとちょっともやっとしたものが胸に残ってしまう。
だって本当なら、今日は朝からジョーの部屋で一緒に過ごす楽しいお誕生日のはずだったのに。
ジョーのキッチンでケーキを焼いて、彼の好きなものばかり作ってお祝いして、そしてずうっとくっついていたかった。
そんな楽しい計画をしていたのに、全部、台無しになったのだから。それって「ただそれだけのこと」じゃないでしょう?
大体、そのために買った食材をどうしてくれるの。小麦粉とかお砂糖とか牛乳とか卵とか。嬉しくていっぱい買っちゃったのに全部無駄になったわ。しょうがないから張大人に全部あげてきたけれど。ううん。ほんのちょっとだけバッグに入れて持ってきているけれど。プランCのためにね。

プランC。

それは、ジョーの部屋にこっそり侵入してびっくりさせようっていう計画。
問題は「こっそり侵入」が可能かどうかなのだけど――たぶん、できると思う。
ジョーのマンションはセキュリティが厳重だけど、私は登録してあるので突破するのは問題ない。要はジョーがすぐに気付くかどうかにかかってる。
たぶん、きっと落ち込んでいるでしょうから、ゼロゼロナインのような敏感さは無いと思う。
そうであって欲しい。
これで、ああ清々した本当に誕生日だからって騒がれるのは迷惑だったんだよ全く――なあんてテレビ観ながらげらげら笑っていたりしたら幻滅もいいとこだわ。こうして心配してやってきた私がばかみたいじゃない。
……まぁ、それならそれで、やっぱりジョーは誕生日なんてどうでもよかったってことになるけれど。

でも、もしもそんなジョーが居たら、それは彼じゃない。

偽者だ。

どうか、偽者ではない本物のジョーがいますように。

 

私はどこかずれたような気がするお祈りをしながらドアを開けた。ジョーの部屋だ。
ゼロゼロスリーとして最大限に気配を消して――とはいえ、相手がスペック全開のゼロゼロナインならもうここでばれているのだけれど――するりと侵入した。

ジョーの気配は――無い。

え。

いない?

まさかの、外に遊びに出かけちゃったバージョン?

それを裏付けるかのように玄関も廊下もその先に続くリビングも真っ暗だった。
慌てて目のスイッチを入れる。普段、こういうことに使うのは抵抗があるのだけど、今はしょうがない。
何しろプランCの崩壊の危機なのだ。

ジョーは。

いるの?

いないの?