今日はジョーのお誕生日。
「ん。上出来」 あとはもう少し冷めてからデコレーションするだけ。 気配は無い。 ジョー。 確かに今は有事ではない。だから全ての機能がオフになっていても全然構わないしどうってことはない。
最初はいないと思った。 異形のものを見つけたのだ。 異形のもの。 一瞬、背筋が凍った。 でも違った。 それは。 そこにいたのは。 部屋の主だったのだから。 部屋の主――つまり、ジョーだ。 ……落ち込むにもほどがある。 膝を抱えたまま眠るなんて器用なひと。 起こすか起こさないか迷って、結局そのままにした。私にはやることがあったから。ジョーが眠っているほうが都合がいい。プランCはサプライズ要素が主なのだ。
|
甘い香りがした。 そう認識した途端、腹が鳴った。 僕は目を開けて、あたりが真っ暗なのに驚いた。 この香りはいったいなんだ。――食べ物には間違いないはずなんだけれど。 どこで嗅いだんだったかなと記憶を手繰りながらキッチンに到着した。 「……ハッピーバースデー。ジョー」 おしゃれな感じのホットケーキの前面にそう書いてあった。 「フランソワーズ!?」 いっぺんに目が覚めた。 「フランソワーズ!」 いる。 この部屋のどこかに。 来ている。 僕に会いに。 「……フランソワーズ!」 だってこうして僕をびっくりさせようなんて計画するのはフランソワーズしかいない。そしてそのびっくり計画は成功しているのだ。こういう類のミッションを完遂させることができるのは、この世にフランソワーズしか僕は知らない。 僕はそこに立ったまま、神経を研ぎ澄ませた。 どこだ。 どこに隠れている。フランソワーズ。 それは――まさか、僕の誕生日を祝いたいけれど僕には会いたくはないとか、……そういう意味なのか? まさか。 いや、でも。 ありえる。 いや、いくらなんでもそれはない。 いやいや、そうでもないかもしれない。フランソワーズはもう僕なんかには会いたくないのかもしれない。あんな酷いことを言ったから。 いや待て。だったらどうしてこんなことをする? 嫌い――じゃ、ないだろう。 自分で言って悲しくなってしまった。だって僕はさっきから「会いたくない相手」とは言っていたが、「嫌いな相手」などとは言っていない。そこまでは言っていないんだ。なのになぜいきなり「嫌いな相手」などと言ってしまったのだろう。 たぶん。 ……きっと。 ………だよな……? 自信がなくなった。 嫌いな相手にこんな手の込んだことをしないだろうと思ってはいるものの、いや、彼女は意外と物好きだから普通に予測できる範囲を簡単に凌駕する。だから、嫌いなひとを相手にしてもこのくらいのことはやってのけるかもしれないのだ。 そんな優しい彼女に嫌われる僕ってそれはもう酷い奴なんだろう。
|
「もうっ。捜してくれるの、くれないの?」 どっちなのよ――という声とともに背中にフランソワーズが出現した。忽然と。 「……フランソワーズ」 待ちくたびれちゃうでしょうとぎゅっと腹を締められた。両腕で。 「――うん。……ごめん」 腹を締めていた腕が緩んで、背中にいたフランソワーズが前から僕を覗き込んだ。 「ヤダもう。泣き虫なんだから」
そのあと僕は、たくさんのホットケーキとたくさんのキスをもらった。 日付はもう変わってしまったけれど、そんなことはどうでもいいのだとフランソワーズは言った。こうして「誕生日を祝う」という事実は変わらないし、祝いたいと思う気持ちも変わらないのだからと。 そういうものなのだろうか。 「あら、もう来年のお誕生日の話?」 フランソワーズが笑う。なんだか嬉しそうだ。 「うん――来年は」 喧嘩はやめようとか、ちゃんときみの言う通りにするよとか、あれこれ頭をよぎったけれど。 「――もっと、笑おうかな」 反省の意味もこめてそう言ったら。 「これは来年のジョーのぶんよ」
来年の今頃、僕はうんと笑っていることだろう。
|