新ゼロ「ジョーの誕生日」
「別に・・・何もないよ」 「誕生日だからって何が変わるわけでもないし」 ひねくれて言っているわけではない。 「普通でいいよ」 言うだけでは足りないだろうと思い、少し笑ってみた。 「・・・わかってないのね、ジョーは」 誕生日に関してまだまだ素人ねと呟く。誕生日に素人とか玄人とかあるのかとジョーは首を傾げたが、敢えて口には出さなかった。 「誕生日ってね」 フランソワーズは怒ったように言う。 「主役はどうでもいいの。周りの人が喜ぶ日なんだから」 特に何を考えたでもなくさらりと言ってしまってから、ジョーははっと我に返った。 「あっ、ええとその」 まあ、確かにばかなのだろう。フランソワーズを泣かせるなんて。しかもこんな、ジョー自身にとってはどうでもいい話題で。 君がいるだけでいいんだよ とか 君に祝ってもらえるだけで嬉しいから とか そんなような事を言っていればそれで良かったはずだった。なのになぜ、自分は莫迦正直にあまり考えもせず言ってしまったのか。 ――だから、誕生日なんて。 嫌いなんだ・・・となかば八つ当たり気味に胸の奥でため息をつく。 「ジョーが産まれてきてくれなかったら会えなかったのよ?」 確かにそうではあるけれど。 「もっと言っちゃうと、ブラックゴーストにもジョーに会わせてくれてありがとうって思っちゃうこともあるのよ」 フランソワーズはちょっと鼻をすすると、 「ブラックゴーストにはジョーを選んでくれてありがとうって思ってるの」 ブラックゴーストにありがとうっていうのはおかしいだろ?君は恨んでいいし、その権利があるのだから。 ジョーが険しい顔をしたからだろう。 「――そうよね。変でしょ?そんなこと思うのって」 わかっているのなら。 「だったら、もう言わないで。嬉しいと思う人なんかいない、なんて。私は嬉しいし、ジョーがいないと悲しいし、それに」 そうっとジョーの首筋に腕を回して 「――ジョーが産まれてきてくれた世界なら、ブラックゴーストがいなくたってきっといつか出会っていたって信じているから」
お誕生日に何か欲しいものはないかと訊かれ、ちょっと考えてからジョーは答えた。
本当は即答できたのだが、あっさり「ない」と答えたら何やら紛糾しそうだったのでちょっとだけ考えるふりをした。
確かに数年前まではそうだったかもしれないが、今では己の誕生日に関して何ら憂うものはなかった。
その点ではフランソワーズに感謝している。が、だからといって毎年誕生日を祝われるというのは慣れないし、そんな必要があるのだろうかと思ってしまうのだった。
が、しかし。
目の前の金髪女性は少し機嫌をナナメにしたようだった。
「周りの人?」
「そうよ。あなたが産まれてきて嬉しい、って」
「・・・」
「どうしてそこできょとんとするの?」
「いや・・・僕が産まれて嬉しいなんて思う人はいないから」
「いるでしょ?目の前に!」
しまった。
目の前の蒼い瞳には自分が答えた言葉からほんの一瞬であっという間に大粒の涙が浮かんでいたのだ。
「もうっ!ばかっ」
「あ、・・・うん」
そう――もっとうまく言えたはずなのだ。
本当の本当に誕生日などどうでもいいと思ってはいても、彼女にとってはそうではないということは過去の経験から知っている。だから、
「――うん」
でも。
自分たちは、ただ「産まれてきただけ」では決して出会えはしなかった。――ブラックゴーストに攫われていなければ。
だから、産まれてきたことに感謝するなら更にブラックゴーストにも感謝しなければならない。
いくらなんでもそれはないだろう。自分はそうでも、――フランソワーズは。
彼女には輝かしい未来があったはずだし、現状の生活だって失いたくはなかったはずだ。自分と違って。
ジョーにとってはフランソワーズとは全く逆で、今までいなかった仲間ができたし、生活だってまともになった――なんて、ちょっと意地悪な気持ちでいたら、
「それは嘘だ」
「そうね。嘘だわ」
「あのさ、フランソワーズ」
フランソワーズは手を伸ばしジョーの頬を指先でそっと撫でた。慈しむように。