「ありえざるもの」
遥か上空に見える正体不明の「きらりとした何か」。
それを、なんだろうとずっと凝視していたら同席していた男性二人に自分が凝視されていた。
その場はなんでもないわと笑って誤魔化したのだったけれど。
――ジョーだったら相談できたのに。
そして寂しくなった。
サイボーグであることを忘れたいと強く願い、その結果、ふつうの人間として生きることを選んだのは自分なのに。
そして、ふつうの人間として生きるためにパリに来たのも自分なのに。
自分勝手に決めた今後の生活に対し、ジョーは何も言わずただ微笑んだだけだった。
そんな彼に甘えてしまったのも、それも――自分だった。
だから。
言ってはいけないのだ。
認めてはいけないのだ。
ジョーがここにいないのが寂しくてしょうがない、なんて。
それに、私は。
私には。
……恋人だって、できた……
いや、まだ恋人ではない。
向こうは早く思いが通じ合うことを願っているのはじゅうぶんすぎるくらいわかっている。
そして、自分もそれに応えるべきであることもわかっている。
わかっている。
けれど。
今のようなことが起こってしまうと、やはり――ふつうの人とは一緒にいられないと強く感じてしまう。
なにしろ、何も相談できないのだ。何かおかしなものを見ても。聞いても。
おかしいのは自分だけ。
周りの誰もが何も気付かない。だって見えないし聞こえないのだ。ふつうのひとには。
気付いてしまって、見えて、聞こえてしまうのは自分だけ。
そんな――孤独があるだろうか。
サイボーグになった時、自分たちはふつうとは違う。なんて孤独なのだろうと思った。
でも。
ふつうのふりをして、忘れたふりをして――ふつうのひとのなかに混じるのは、考えていたよりも恐ろしいことだった。
想像もしていなかった孤独。
だって、本当にひとりぼっちなのだ。
――私。
ただ強がっていただけなのだろうか。
そのまま何事もなかったようにもとの生活に戻れば、またサイボーグにされる前みたいになれると思い込んで。
全然、違うのに。
戦いの記憶を忘れたふりしてなかったことにすることはできる。
しかし。
隣にいたひとの腕を――見つめ合った瞳を――優しく名を呼んだ声を――忘れることができるなんてどうして思っていたのだろう。
そんなの、ただ意地を張って強がっていただけではないだろうか。
……ジョーに会いたい。
でも。
パリへ帰るわと言ったとき、あっさりとそうだねそれがいいよと答えた彼。
いま日本に戻ったとしても、……とっくに彼は私になど興味がないかもしれない。
そう思うと怖くなった。
そんなことを思い始めていた矢先、あの時カフェに同席していた男性二人が死亡した。
と思ったら生き返って、更には翼が生えて空を飛んで、あろうことか襲ってきた。
ありえない。
なんなのだ、これは。
これが望んでいた平和な生活?
これが、サイボーグにされる前の平穏な毎日?
どこが?
しかも、自分はたったひとりなのだ。
サイボーグの戦いの時はいつも仲間がそばにいたのに。
なのに、こんなおかしな出来事が起きているというのに自分はたったひとりで立ち向かうしかないのだ。
しかもそんな状況になってしまったのも、つきつめれば――自分が決めたこと。
最悪だった。
執拗な攻撃から逃げつつ、涙が浮かんできた。
こんな理不尽ってない。
なんなの、私のことを好きだなんて言っていたくせに。好きだったらこんな風に痛めつけたりしないでしょう。
だってジョーはそんなことしなかった。
ジョー。
脳裏に彼を思い浮かべ、手を差し伸べたところが察知されたのかどうか不明だが、まさにそのタイミングで後頭部を蹴られた。
目から火花が出た。
――いったいなぁ、もう。どっちよ蹴ったのは!
と怒る一方、
ジョーならこんな酷いこと絶対にしない。
と切なくなった。
その思いは右足を砕かれ一歩も進めなくなった時に更に強くなった。
もう逃げられない。
こんなことなら。
パリになんて、来るんじゃなかった――
自分の死を覚悟してぎゅっと目をつむった。
その瞼の裏に浮かぶのは日本にいるジョーの姿だった。
彼は自分の惨状を知らず、元気に過ごしているのだろう。だってほら、朗らかに笑っている。
きっとまた漫画雑誌とか読んでいるのよ、呑気なんだから――
――ジョーのばか。
そしてフランソワーズのばか。
こんなになるまで気付かなかったなんて。
あまりに大事にされすぎてわからなかった。
end
ハードカバー版小説「完結編」の第三章「ありえざるもの」の補完っぽいお話はここまでとなっております。
(以前拍手ページに掲載したものであり、そのままを載せました)
次に
構想メモからの「アランやっつけバージョン」
(御大構想ではアランとのカップリングはありません)
(なぜかテコンドーの名手となってるフランソワーズ設定)