「告白」


告白@

 

「島村さんて、彼女がいるんですよね?」

いきなり言われ、一瞬ジョーは固まった。

「あれ?だってスクープされて記者会見までしてたじゃないですか。私、見ましたもん。だから別に内緒じゃないですよね?」

じっと見つめてくる視線を避けるようにあさっての方を向きながら

「・・・ああ、そう、だけど」

小さく呟く。
確かに、彼女がいる――とスクープされて記者会見まで行った。だから、いちおう「公認」でもあり「周知の事実」でもあるのだが、それでも真正面からそう訊かれるとどう答えたらいいのか困ってしまうのだった。
しかも、相手が女の子となると余計に。

「歯切れ悪いなぁ。――別に島村さんをどうこうしようって訳じゃないんだから」

キャップを親指で押し上げ、けらけら笑うメカニックにちょっと顔をしかめる。

「今、マジメな話をしてたのに急にヘンな事を言うから」
「ヘンな事、ってヘンじゃないでしょ?――みんな言ってたんですよ。今回はフランスグランプリだからきっと彼女さんも来るんじゃないかって」

島村ジョーの恋人がフランス人ということはばれているのである。

「――来ないよ」
「来ない!?」

メカニックの女の子は目を丸くしてジョーを見つめた。

「何で!――ケンカでもしたんですか」
「してない」
「・・・まさか、ふられた・・・?」

ジョーと彼女の会話の一部始終はずっと周囲のメカニックも聞き耳をたてており、彼女の「ふられた?」という言葉はさざ波のように室内に広がった。
「嘘だろ」「やべーじゃん」「セッティング変えるか?」「くっそー、また壊されるぞコレ」
一瞬の間を置いてから、口々に苦鳴ともとれる声が洩れ、全員がジョーから目を逸らせた。
当の彼女も例外ではなく、頬を引きつらせ
「せ、セッティング・・・変えます、よ、ね?」
静かに後ずさりしながら、マシンの方を向きながら言う。
なぜメカニックが一斉にセッティングを変えると言い出したのか。
それは、過去にソレ絡みの一件があった時のレースに由来する。
「オイ、予備のパーツをありったけ用意しとけ」「タイヤもだ」

ジョーはその喧騒にやれやれとため息をついた。

「・・・あのさ。別にふられてないんだけど」

 

***

 

――全く。
どうして俺がフランソワーズにふられなくちゃならないんだよ。そんな訳ないだろう?

いらいらと食事を進めるジョーを囲み、先程のメカニックたちには安堵の空気が漂っていた。
和やかな昼食の光景であった。
ただひとり、ジョーを除いて。

しかも、俺がふられたからってなんであんなに大騒ぎをするんだ。
そんな事くらいでクラッシュしたり荒い運転になったりなんてしないぞ。

心の中で散々悪態をついてみるものの、実際に声に出しては言えなかった。
何故なら、彼の心の中は事実とは違うものだったから。
その「事実」というのは、今も彼のメカニックの間では語り継がれており、どんなに代替わりしようが新人が入って来ようが、ともかく「メカニック」である限り必ず知っている有名な話だった。
それについては――当事者であるジョーは、自ら語ったことはない。もしかしたら、すっかり忘れているのかもしれない。
というのが、多くのスタッフの考えだった。だから余計に自分たちが忘れてはいけないと躍起になっている。
ジョーにしてみれば、甚だ迷惑な話だった。

「――あ、そうだ。話の続きがあったの忘れてた」

ジョーの対面に座っていた先刻のメカニックの女の子が声をかける。

「どうやってお付き合いするようになったかを聞きたかったんですよ。レーサーとバレリーナとの恋ってなんかかっこいいし。――やっぱり、島村さんの方から・・・?」

聞こえているのかいないのか、ジョーは全く表情を変えずフォークを持つ手も止まることがない。
が、周囲はすっかり手を止め彼が言葉を発するのを待っているのだった。

「そうですよねー。やっぱり男のほうから告白、ですよねっ」

告白。

その言葉を聞いて、ぴくりとジョーの眉が上がった。

――告白?
そんなの・・・・

「――してないよ」

「えええーーーっ?????」
「マジかよ」
「じゃあ、どーやって付き合うことになったんだ?」
「まさか、彼女のほうから・・・?」

口々に囁き合いながら、彼の次の言葉を待つ。

ジョーはうんざりと、今日はいったい何なんだと思いながらフォークを置いた。

「・・・あのさ。別にそんなのなくたって、流れでそうなるっていうことだってあるだろう?」
「ないです!!」

きっぱりと言われる。

「流れでそうなる、なんてそんなの、本当に付き合ってるのかいないのかわからないじゃないですか!!女の子にとってはそりゃもう不安でしょうがないですよ!!・・・まさか、島村さん・・・未だに言ってないとか言わないですよね?」

「い」
「い?」
「い・・・ってるよ。・・・・たぶん」

今は普段から、好き好きフランソワーズと言っているので、告白も何も言ってるも言ってないもないのだった。

「たぶん!?」
「・・・・いや、その」
「ダメですよ!!たぶん、なんて!!」

・・・女の子ってどうしてこういう話になるとテンションが上がるんだろうなぁ・・・。

メンドクサイなぁと思いつつ、さっさとこの話を終わりにするべく口を開く。

「いいんだよ。一緒に住んでるんだから」

「!!!!」
真っ赤になり絶句する彼女を残し、席を立つ。
彼女は新人だから知らなかったが、これは既に殆どのスタッフが知っている事実なのだった。

「――誰にも言うなよ」

屈んで顔を近づけ――微笑んで言い置く。

彼女はこくこくと頷くばかりなのだった。

 

 

***********
島村の笑顔にやられた女子がここにひとり・・・。



告白A

 

レーサーとバレリーナ、か。

本来ならば、出会う事などない二人だった。何一つ接点が無い。
いま、二人を繋いでいるものといえばそれは――サイボーグであるという事だけだった。
もし改造されていなければ、決して出会う事の無かった二人。
そう考えると、運命とは皮肉なものだと実感させられる。

もし、003が彼女ではなかったら。

もし、009が自分ではなかったら。

今頃は、それぞれに別の誰かと向き合っていたかもしれなくて。

――嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ

ぶんぶんと首を横に振る。
フランソワーズが自分以外の誰かと向き合っているなど想像しただけでも耐えられなかった。

フランソワーズは俺のだ。

彼女と出会えない人生など考えられない。
だからきっと、もし改造されていなくても――必ずどこかで出会っていたという自信があった。
必ず出会って、そして――恋に落ちる。絶対に。

もし003が違うひとだったならば、自分は今頃敵の手に落ち、ただの戦闘用サイボーグに成り果てていただろう。
自分をこちら側に引き止めるものは何もないのだから。
いま自分がここにいるのは、彼女の存在があればこそだった。
どうでもいいと思っていた自分の人生。それが、フランソワーズと出会ってから意味のあるものに変わっていった。
彼女の存在が全てだった。
それに気付くのにたくさんの時間が必要だったけれど。

 

***

 

告白、かぁ・・・

昼休みに軽くサーキットをランニングしながら、ジョーはぼんやりと考えていた。
空は蒼く晴れ渡っている。
空の蒼。
誰かの瞳と同じ色。

・・・別に改めて言ってない。けど、・・・それで構わないと思うんだけどな。

事実、今はちゃんと付き合っている。不安に襲われることもなく。
否。
不安は常にあった。が、そういう種類の不安ではないのだ。つまり・・・本当に付き合っているとかいないとか、そういうのがあやふやで不安になるといったものではない。

告白、ねぇ・・・

軽くストレッチをしながら思う。

そんなの。直接言ったりなんてしてないはずだ。何しろ俺は今までそんな事を口にしたことは一度もなくて――

事実、過去に「恋人」として付き合った女性にも言ったことはなかった。
だから、いつ友達から恋人に切り替わったのか明瞭な境界線など存在しない。
それはフランソワーズに対しても同じはずだった。

――だよな。フランソワーズにも言ってない・・・と思う。――けど。

腕組みをしてしばし悩む。

だけど・・・言ったかもしれない。フランソワーズにはちゃんと。「好きだよ」って。
だってフランソワーズは、それまで俺が知っていた女の子とは全然違ったんだし。

とはいえ。

でも・・・・あれ?
もし俺が言ったとして、フランソワーズは?何かそれに答えていただろうか?
・・・あれ?

どんなに首を傾げても思い出せないのだった。

・・・もしかして・・・俺はフランソワーズから何も言われてない?
だったら俺たちは――いつからそうなったんだ?いやその、そう、っていうのはそういう意味じゃなくてだな、その・・・お互いの気持ちを知ったのはっていう意味だけど。
――あれ?
いつ――知ったんだ?

 



告白B

 

「フランソワーズってタフよねぇ」

練習後の更衣室で唐突に言われた。
公演前のレッスンは厳しく、いつもは喧しい室内も今日は誰もが無言だった。
「私はもうクタクタ。一歩も歩けないよ」
そのまま傍らのベンチシートに座り込んでしまう。
フランソワーズはそんな彼女を横目に着替えを進めた。

「・・・フランソワーズってそんなに華奢なのに、どこにパワーが残っているのかしら」
「そんな事ないわよ。私だって疲れてぐったりよ」
「でも涼しい顔してさくさく着替えてるじゃない」
「疲れてるから早く帰りたいだけ」
「・・・そうかなぁ」
「そうよ」

こういう時、自分は他のみんなとは違うということを嫌でも思い知らされる。
強化された人工の筋肉を持つ自分は、いくら踊っても疲れるということがない。蓄えられた体内エネルギーが切れるまではいくらでも踊り続けることができる。体内に疲労物質が溜まるということもないのだから。

――私は、みんなとは違う。

きついレッスンの後ほど強く思う。
汗を流して、疲労した身体が心地よい――なんてことは、もうずっと昔の遠い記憶になってしまった。

――ジョーもこういう思いをすることがあるのかしら。

レーサーは過酷な職業である。気温、路面温度とも高い状況下で走り続けることが求められる。従って、タフな体力と精神力を持つ者が――勝つ。
決して疲労しない身体を持つ自分たちは、そういう面では有利だった。

でも・・・きっとジョーは、だからといってこんなことで思い悩んだりなんてしないんだわ。きっと。だって彼は気持ちが強いから。――私と違って。

今まで何度も助けてもらった。挫けそうになる自分を励まし支えてくれた。
あの飛行機事故の時も、諦めていた自分を叱り、絶対に仲間の元へ帰るんだと強い気持ちで引っ張ってくれた。
そんな彼の姿を見るたびに――自分はこのひとに出会えて本当に良かったと思うのも常だった。

もし、009が彼ではなく別の誰かだったならば、自分はいまここにはいない。
とうの昔に死んでいるか、もしくは――精神が壊れてしまっていただろう。

もし――彼に出会っていなかったら。

そう考えるたびに息が詰まった。そんなこと、想像するのも怖かった。
あの褐色の瞳に見つめられない人生など考えられない。

――会いたいな。ジョーに。

彼がフランスグランプリのために発ってから日数は経っていない。けれど。

 

「コラ。何泣いてんのよ」

いきなり背中をどつかれた。

「な、泣いてなんか」
いないもん――と言いつつ、慌てて目尻を拭う。

「まったくもー。ジョーくんがいないからって泣く事ないじゃない」
「そうそう。お迎えクンがいない時じゃないとアンタとお茶できないんだからさ」

フランソワーズが考えごとをしながらのろのろ着替えている間に、復活した彼女らはさっさと着替えをすませてしまっていたのだった。

「ホラ、さっさと着替える。いつものところでケーキセットが待ってるぞ」

 

***

 

いつもの喫茶店だった。
そして、気付いた時には魔法のように目の前にケーキセットが鎮座していた。

「――ふぅん・・・・ジョーくんてさ、海外出張が多いんだねぇ」
「でも、いちいち寂しがってたらフランソワーズの身体がもたないよ?」
「・・・・うん・・・」
「ホラ、ケーキでも食べて元気出そ?」
「――ん」

食欲はなかったけれど、それとこれとは別物で、口の中に広がってゆく甘味に少しだけ慰められたような気がした。
とはいっても、いったい何がそう自分を寂しくさせるのか、彼を恋しがらせるのかはわからなかったけれど。
ジョーがレースのために不在になるのは慣れているはずなのに。

「ジョーくんもさ、フランソワーズを連れて行けばいいのにねぇ」
「そうだよ、一緒に行っちゃえばいいのに」
「そんなの無理よ。公演だってあるし」
「そうだけどさー・・・。ホラ、よくあるんでしょ?他の国とか、さ。レースに彼女同伴っていうの」
「そうかもしれな――え!?」

あまりにさらりと言われたため、あやうく普通に流してしまうところだった。

「えっ、ちょっ・・・・ゲホゴホ」
「あらら、大丈夫?」
「だ、大丈夫・・・」
ぜーはー息を整える。

「あのっ・・・」
声に出せず口をぱくぱくさせる。頭の中は真っ白だった。

「バッカねぇ。気付かないわけないでしょーが」
「そうだよー。顔も背格好も同じで名前も一緒とくれば、わからない方がおかしいよ」
「しかも――ホラ!」

手品のように出されたのは例の写真週刊誌だった。

「これ!フランソワーズでしょ?」

指差す先には紛れもない自分の姿があった。――ジョーと手を繋いで歩いている。
一般市民の自分のことが広く知られるはずもないとたかをくくっていたが、ここにいる友人たちのように自分を十分知っている者が見れば一目瞭然なのだった。

「すっごいよねぇ。あのF1レーサーがカレシなんてさ」
「ああもう、妬けるっ」

このバレエ教室に島村ジョーのファンは多い。四輪スポーツに興味がなくても、例の台所洗剤のCMはとても評判が良かったらしく、未だに何度でもテレビで流れる。そしてそれを見て更にファンが増え――の、繰り返しだった。

「――広島まで花持ってきてチューして帰った人とはねぇ」

未だにジョーは「生チューのバラのひと」と呼ばれているのだった。

「いいなぁ〜。いったいどうやって知り合ったのか知りたい」
「バッカねぇ。そんなのフランスグランプリの時に決まってるじゃん」
「――そうなの?」

視線がフランソワーズに集中する。

「ん・・・まぁ、そんなとこ・・・かな」
「へぇー。そうなんだ」
「で?どうやって付き合うことになったの?」
「ヤダ、そんなの何かキザなコト言われたに決まってるって。何しろ生チューのひとなんだから!」

生チューのひと・・・・。

まるでビールのような言われように思わず笑みが洩れてしまう。

ジョーが知ったらどんな顔するかしら?

「ねぇねぇ、どんな風に告白されたの?」
「え?」
「だーかーらー、告白よ。こ・く・は・く」
「そりゃもう情熱的に?」
「いやーん。ねぇねぇ、どんな風に言われたの?」
「どんな風に、って・・・」

思わず眉間にシワが寄る。

「――されてないもの」

一瞬、間。

「――えっ?よく聞こえなかったんですケド?」
「だから。――告白なんてされてないもの」

 



告白C

 

その日の夜。
携帯からはしゃいだジョーの声がしたのは、まだF1の予選ラウンドが放送される前のことだった。

思わず顔をしかめ、携帯を30センチほど耳から離す。

「――もお。これから放送なのにー」
「いいからいいから!久々のポールなんだからさっ」

ポールポジションをとったという報告なのだった。

「いっやー、フランソワーズにも見せたかったなー。完璧な走りを」
「・・・これから観ます」
「あ、そうなんだ?そっかー、日本ではこれからなんだ」
くすくす笑いは止まらない。テンションが高すぎるジョーだった。

「インタビューもちゃーんと喋ってるから」
「・・・はいはい」

はあ、とため息をついてから。

「ジョー?――おめでとう」
「えっ」
「現地で見られないのは残念だけど、でも良かった」
「フランソワーズ。おめでとうはまだ早いよ」
「でも」
「いいかい?それは本戦でポールトゥーウィンをとってから言ってくれ」
「ま。――自信家ね」
「まぁね」
「でも・・・じゃあ、期待していいのね?リタイヤなんて許さないから」
「誰に向かって言ってるんだい?」

お互いにくすくす笑い合ってから。

「あ、そうだ。ジョーにちょっと聞きたいことがあるの」
「なに?」
「いま、大丈夫?」
「ああ」
「あのね、今日お友達に聞かれたんだけど・・・私、あなたに告白なんてされてないわよね?」
「――はぁ?」
「その、お付き合いするきっかけとかそういうの」
「・・・言ったと思うけど。――たぶん」
「嘘っ!聞いてないわよ?」
「言ったよ。・・・ただ、きみから返事を聞いてないけどね」
「ええっ?」
「だからいまひとつ自信がないんだけどさ」
「・・・告白の返事・・・。だって告白されてないのに答えようがないじゃない」
「だから。たぶん僕は言ってるはずだ」
「――違うひとに言った記憶じゃない?」
「――フランソワーズ。怒るよ?」
「だって言われてないもの、なーんにも」
「いいや。確か言ったはずだ」
「いつ?」
「・・・・それなんだよな。ずっと考えてたんだけど」
「ずっと!?」

一瞬、このひとはフランスで何をしてるんだろうと疑問が渦巻く。
そんなことを考えながら予選アタックをしていたのだろうか?
ある意味「余裕」ともとれるジョーの発言だった。

「うん・・・たぶん、あの時だったかなーって思うんだけどさ」
「あの時って?」
「ホラ。僕が腕を怪我した」
「・・・『僕から離れるな』って言ったとき?」
「ふ」
フランソワーズ、それは。と言い掛けたところを遮られた。

「いいじゃない。あの時のことはちゃんと・・・覚えてるわよ?」
だって、嬉しかったんだもん。

「う。ま、まぁいいや。――ともかく。覚えてるんだったら思い出しておいてくれ。あとで聞くから」
「優勝したあとに?」
「そ。優勝したあとにね」

 



告白D

 

翌日。
フランソワーズは落ち着かなかった。
傍らに置いた携帯電話を見ないようにしながら、さっきから時計ばっかり何度も見ている。
今日はジョーのレースの本戦だった。時間通りなら、もう結果が出ている頃だ。
が、携帯電話はメールの着信音も通話通知音も奏でる気配はなかった。
負けたなら、落ち込んでいるジョーから電話がくるはずであり、勝ったのなら、そのまま祝賀パーティになだれこむので連絡はこないはずである。いま現在、連絡がないということはつまり――

・・・勝ったのかな。

ちらりと時計を見つめ、無意識に指は携帯電話を撫でている。

――昨夜は大はしゃぎで電話してきたくせに。

けれども、昨夜放送前に結果を喋ったジョーに冷たくしたのも自分だった。だから、もしかしたら――放送前には電話をしてこないという可能性もあった。

だけど、ジョーはそこまで気が回るかしら・・・・?

今までそういう「学習」をしたことはないジョーだった。フランソワーズが知っている範囲では。
何度目かのため息をついた時、携帯から着信音が鳴り響いた。メールではなく――通話だった。

「も、もしもしっ」

コール一回で出る。相手が誰かはわかっていた。

「あ。フランソワーズ?」
「ど。どうだったの?」
「――ん?」
「だから、結果っ・・・」

テンションが上がってつい勢い込んで訊いてしまったが、その瞬間はっと我に返った。もし負けたのなら彼は落ち込んでいるはずであり、明るく結果を訊いても答えられるはずがない。むしろ、逆効果であり・・・

「――おいおい。誰に向かって訊いてるんだい?」

そんなフランソワーズに気付かず、電話の向こうからは妙に偉そうな声が響いてくるのだった。

「誰に、って」
「俺が負けるって思ってたわけかい?――それは許せないな」

・・・俺??

「フランスグランプリを制した俺にそんな口をきけるのはフランソワーズだけだな」
「えっ?」
「聞こえなかった?・・・ポールトゥウィン。勝ったよ」
「!」
「途中で雨が降ったり色々あったけどね。・・・フランソワーズ、聞いてる?」
「・・・・」
「フランソワーズ?」
「・・・・」
「あれ?電波?――、フランソワーズ?もしもし?」
「・・・・」
「聞こえてる?ふら」
「おめでとう・・・」

小さく呟くのがやっとだった。そしてそのあと、盛大に洟をすすり上げた。

「・・・い、行きたかった・・・行けなく、て」
「――いいよ。フランソワーズ」
「だ・・・って」
「いいって。――そんなに泣くなよ」
「だって」

ジョーの声に更に感極まってしまう。気にしていないようで、実は昨夜からずうっと気になっていた。レースの結果が。
気にして気にして――心配して。そこれそ、勝った姿、負けた姿、リタイヤする姿、ピットインする姿、フォーメーションラップの姿・・・色々な彼の姿を脳裏に描いて、それぞれの場合にどう対応するのかもシミュレーションしていたのだった。

「ん。・・・まぁ、いいや。後でちゃんと放送を見てくれれば」
「――何かやったの?」
「まぁ・ね」

思わせぶりなジョーの声に、一瞬涙も引っ込んだ。
まさかまた――国際映像を私用に使ったのではとイヤ〜な記憶が甦る。
以前やらかしたときは後日こってり絞られ、公式に謝罪をしなければならなかった。

「ジョー?」
「大丈夫だよ。心配しなくても変なコトはしてないからさ」
「だいじょうぶ、って」
「ま、見てよ」

 

***

 

数時間後。

フランソワーズはテレビ画面の前で固まっていた。

――何が、大丈夫、よ。何よコレ・・・

満面の笑みで表彰台でカップを掲げたジョーは、あろうことか彼女の名前を叫んだのだった。
――映像のみで音声は慎ましくカットされていたけれども、口の動きでそれとわかるのは容易だった。

まったくもう・・・ばかなんだから。

 

 



告白E

 

翌朝からテレビは「ハリケーン・ジョー、優勝」でもちきりだった。
ニュースはもちろん、ワイドショーも特集を組むほどの。
フランソワーズはテレビを見つめ、コーヒーカップにため息を落とした。

これじゃあまたこっちには帰ってこられないわよね・・・。

以前、熱愛発覚事件の時もギルモア邸に戻れず、ジョーはしばらく自宅マンションにいたのだった。

あーあ。もう。

コーヒーを飲み干し、レッスンに向かうべくテレビを消そうとして――危うくカップを落としそうになった。
なにしろ、テレビ画面に映っていたのは

『ハリケーン・ジョー、女王と密会』

の文字。
そして続いて映ったのは、ジョーに寄り添うキャサリン女王の姿だった。

――なにこれ。

しばらく画面を注視してから、おもむろに電源を切った。
だから、このあとワイドショーがどんな展開を見せたのかフランソワーズは知る由もなかった。

 

***

 

「あっフランソワーズ!!ちょっとアンタ何やってたのよ!」
着替えてレッスン室に入った途端、囲まれてしまった。

「何って・・・着替えてたんだけど」
「そうじゃなくて!よくそんなのんびりしてられるわね」
「?」
「ホラ、あなたのジョーくん!優勝したから大騒ぎじゃない!」
「そうみたいね」
「そうみたいね、ってひとごとみたいに」
「だって、私が騒いでも仕方ないでしょう。・・・ホラ、ストレッチしなくちゃ」
「待ちなさい、って。――まったくもう・・・その様子じゃテレビなんて見てないでしょ?」
「見たわよ?」
「見たの!?」
「ええ。――モナミ公国の女王と一緒のトコロ」

そのまま無表情にバーに向かう彼女と一緒に全員が移動する。

「もー。ちゃんとストレッチしないとポジションがとれないわよ?」
「・・・テレビ見たならどうしてそう平然としてられるのよ!」
「だって別に平気だもの」
「平気!?平気って言った!?いま」
「ええ」
「ほんっとーに平気なの?」
「平気よ?」
だって、モナミ公国の女王でしょ――と呟きかけたフランソワーズは強引に言葉をひったくられた。

「違うってば!!アナタのことよ!!」

「・・・・わたし?」
「そうよ。もうっ・・・いい、ちゃんと見なさい」

傍らから誰が用意したのかワンセグ携帯が差し出される。
その画面には、先程見たジョーと女王の姿があり――

そのあと、唐突にジョーのアップに切り替わった。
多くの報道陣に囲まれている。どうやら空港らしかった。フランスの。
しばらく「優勝」についてのあたりさわりのない話題がふられ、そして――モナミ公国の女王とのツーショット写真の話になった。

『これはおふたりの仲が続いていると考えてよろしいんですよね?』
するとジョーはにっこり笑って
『続いているも何も――何にもありませんから』
と受け流した。
それに対し、インタビュアーも負けてはいない。
『しかし、今季スポンサーになってますし、以前CMも一緒に出演なさってましたよね?その頃からの仲だと伺っておりますが』
暗に、スポンサーになったのは「そういう仲」だからではないのかと匂わせている。
『確かに以前からの知り合いですが、それとこれとは別です』
笑みを湛えたまま静かに答え、更に言い募ろうとするインタビュアーを目で制し、続ける。
『僕には既に決まったひとがいますから。――御存知なかったですか?』
すると、誰かが持っていたのか脇から例の写真週刊誌が差し出された。御丁寧に彼の写真が載っているページが開かれて。
『――ああ、これです。この――彼女が僕の大事なひとです』
途端にざわつく報道陣。が、ジョーは全く動じてない。一斉に放たれた質問にも鷹揚に頷き、そして
『報道するなら正しくお願いします。ここに一緒に映っているのが僕の恋人です』
そうして、そのページを掲げかけ――やめる。
『島村さん、一緒に映しますのでページを指してください』
そう言い放った記者を一瞬、射るように見つめ、
『ダメですよ、それは。彼女を知ったらみんなそちらに行くでしょう?』
続けてにっこりと微笑み、
『教えませんよ。――彼女は僕のなんですから』
一旦、言葉を切りカメラを見つめ――
『ね?フランソワーズ』

そうして画面はスタジオに戻り、ハリケーン・ジョーの恋人宣言とラストの言葉についてのコメント合戦が始まった。

 

呆然。
ただただ呆然としていた。
呆然というのは、呆れるという意味もあり・・・

「ねーっ!!凄いでしょー、恋人宣言しちゃったよジョーくん!」
「しかも何よぉ『ね?フランソワーズ』って!!」
きゃーっと嬌声に包まれるレッスン室。その声を遠くに聞きながら、フランソワーズは心のなかで全員に突っ込みをいれていた。

いやいやいや。違うでしょ、皆さん。問題はソコじゃないでしょ?その前の「彼女は僕の」発言の方がずーっとずーっと問題でしょう?

とはいえ。
彼が「ね?フランソワーズ」と言った瞬間はというと――カメラ目線でじっとこちらを見つめ、優しい笑みとともに甘い声で言われたものであり――それは、カメラのこちら側にいる女性ファンすべてをノックアウトしてもおかしくないものだったのである。

「・・・・」
フランソワーズはただこめかみを押さえるのみだった。

全くもう・・・何を言い出すのよ。ジョーのばか。
もう知らないっ。

 

――でも、好き。

 

*********
女王との写真はトルコグランプリの時のものです。「2008年のジョーのお誕生日」の頃ですね。



告白F

 

朦朧としていた意識がゆっくりと覚醒してきた。
明るい陽射しが射す部屋。
真っ白いシーツ。
そして。
何かふわふわしたもの。
――と、亜麻色の波。

ジョーはうっすらと目を開けて、自分の腕のなかにあるものをぼんやりと見つめた。

・・・あれ?――フランソワーズ・・・?

ふわふわしていたのは彼女の身体であり、それを抱き枕のように抱いて眠っていたのだった。

ここは――どこだ?

ふんわりと漂うシャンプーの香り。
慣れたその香りに安心して再び目を閉じる。
何時間も眠ったようであり――そうでもないような気もした。が、ともかくぐっすりと眠ったのは確かだった。
もう一度眠ろうとして果たせず、結局目を開けた。
腕のなかでフランソワーズは目を閉じたままである。
しばしその寝顔を見つめてから、部屋のなかを見回してみる。
見慣れた天井、見慣れたカーテン、見慣れた家具。
自分の家だった。

――そうだった。確か昨夜日本に帰ってきて、それで・・・

ゆっくりと記憶を辿る。
疲れ果ててやっとマンションに帰り着いたのは真夜中だった。そして、フランソワーズを見つけて驚いて、それで――そこで記憶は途切れていた。
なぜいまベッドにいるのか全くわからない。
しかも、自分の姿といえば、ネクタイを外してはいるものの帰って来た時の姿そのままだったから。
対するフランソワーズは何故かジョーのパジャマを着こんで眠っている。

・・・なんでだろう?

そうっと彼女の頬に触れてみる。ぷに、とつついてみる。が、全く起きる気配がない。
そのまま鼻筋をなぞり、額にかかる髪を除ける。
眠っている。
ジョーはフランソワーズが起きないようにそうっと身体を起こし、ベッドから降りることに成功した。
そのままリビングに出て、大きく伸びをすると、ソファに投げ捨てるように置いてあった上着を探り、煙草と携帯灰皿を取り出し窓を開けベランダに出た。
柵に腕をかけてもたれながら、ゆっくりと煙草を咥える。
紫煙に包まれても頭はぼんやりしたままで、昨夜の記憶は欠落したままだった。

ともかく、酷く疲れていたことは憶えている。
ギルモア邸に帰るのは無理だったので――何しろ、そこにはフランソワーズがいるのだからほとぼりが冷めるまでは行けるはずもなかった。
が、ここに帰ったら、ギルモア邸にいるはずの彼女に出迎えられた。

――確か、ここからレッスンに通った方が時間が節約できるとか何とか言ってたな。

公演が近いので、ここから通ったほうがいいのだそうだ。

そして、俺の顔を見て――そう、「思い出した」って言っていたような気がする。
「思い出した」
って・・・何を?
そう言ったら急に膨れて口をきかなくなった。
「ジョーのばか、嫌いっ」
そう言われたような気がする。
それから・・・・

それから?

そこから先は本当に思い出せなかった。
フランソワーズを追い掛けてベッドルームに入って――今朝の映像に繋がる。

ううむ。わからない。
大体、思い出したっていうのは何のことなのか。
何か――頼んでいたんだったか。

見るともなしに眼下の風景を見つめ、しばし黙考する。
霞がかかった頭には何も浮かんでこなかった。

――記憶喪失?

 

***

 

「ジョー・・・起きてたの」

欠伸まじりのまだ寝ぼけているようなフランソワーズの声がして、ジョーは背後を振り返った。
まぶしそうに目を細めている。
亜麻色の髪はぐしゃぐしゃで、ついでに着ているパジャマもシワシワになっていた。
パジャマの上しか着ていないので、裾からのぞく白い脚を見ないようにジョーは目を逸らせた。
再び、空を見る。
が、背中にあったかいものがくっついて――それは、そのまま彼の身体を回り込んで腕のなかにおさまった。
熱源の正体は当然の如くフランソワーズだった。
まるで自分の居場所はここだといわんばかりの、当然のような顔をして彼の胸にもたれている。

「・・・煙草くさい」

軽い抗議の声に、ハイハイと呟いて煙草を揉み消した。

「ジョー、早起きね。私はまだ・・・眠いわ」

むにゃむにゃと呟いて、本当に彼の胸にもたれて眠り込んでしまいそうだった。

「フランソワーズ。ちゃんと寝なきゃダメだよ。――ここじゃなくて」
「イヤ」
「今日の午後からレッスンだろう?」
「・・・そうよ。だから・・・」
今のうちにジョーに甘えておかなくちゃダメなの。と、ジョーの胸元で声がする。

「だって、私は・・・ジョーの、なんでしょう?」
「え」
「・・・テレビで観たもん」
「・・・」
「そういうの、・・・公衆の面前で言うもんじゃないわ。私にだけ言ってくれればいいのに」
「うーん・・・けど、まぁ色々とあってね」
「色々、って?」
「色々は色々だよ」
「――けち」
「なんだよ、けちって」
「だって教えてくれない」
「いいんだよ。フランソワーズは知らなくて」
「・・・言うのメンドクサイ?」
「そうじゃないよ。――そうじゃなくて」

色々とわけがあるんだよ。本当に。

「・・・でもいいわ、許してあげる」

くすりと笑い、ジョーの顔を見つめる。

「ちゃんと告白してくれたら、ね」
「告白?何の」
「あなたのキモチ」
「そんなの、」
「ダメよ。だって、――聞いてないもん。何にも。」
「だから、何のこと?」
「電話で話したでしょう?・・・あなたとお付き合いするようになったきっかけの言葉を聞いてないってこと」
「――言った、って言わなかったっけ」
「言われてないから思い出しようがない、って言ったでしょ?」
「言ったよ」
「言ってない。だって」

ひた、とジョーの瞳を見つめる。

「アナタって――」

 



告白G

 

「アナタって――何?」
「・・・いい。言わない」
「何だよ、気になるじゃないか。――教えろよ」
「イヤ。言わない」
「フランソワーズ」

ジョーは自分の胸にもたれているフランソワーズの両肩をつかんで引き剥がした。そして、額をくっつけてじっと見つめた。
蒼い瞳。

僕はこの蒼い瞳を見ると――

 

「・・・ジョー?」

フランソワーズは思わずジョーの顎に手をかけて彼を押し戻していた。

「ダメよ、もう。・・・いつもこうなんだから」

押し戻されたジョーは軽く眉間にシワを寄せ、納得いかないと彼女を見つめた。

「いつもじゃないよ。なんで避けるの」
「いつもでしょう?」
「違うよ」
「違わない。だって、あの時だって」
「あの時?」
「・・・もうっ。いい。知らないっ」

すり抜けて行こうとするフランソワーズの両肩をつかんだまま、ジョーは少し屈んで彼女の瞳をじっと見つめた。

「あの時ってもしかして・・・あの時?」
「――そうよ」

対するフランソワーズは微かに頬を染めて彼を見つめ返した。

「何よ・・・覚えてるんじゃない」
「・・・」

ジョーは微かに笑って、そうして――

 

――もうっ・・・アナタっていつでもこうなんだから・・・!

 

二人が思い出したのはコチラ→



告白H

 

「――そういえば、俺・・・どうしてこんな格好のまま寝てたんだろう?」

そもそもの疑問を思い出し、腕の中のフランソワーズに改めて訊いてみる。

「ね、フランソワーズ?」

フランソワーズはというと、ジョーの胸にもたれかかり目を閉じてしまっていた。
眠いのかもしれなかったし、あるいは――

「・・・フランソワーズ?」

彼女の髪に顔を埋め、小さく問うてみる。

「・・・眠い?寝る?」
「――」

フランソワーズはジョーの胸から体を離そうとし――失敗した。よろけて、再び彼の胸にもたれてしまう。

「フランソワーズ。・・・立ってられない?」
「・・・ん・・・」
小さく口の中で何かを呟いている。
「――ん?なに?」
「・・・ジョーのばか・・・・」
「なんだよそれ」
「だって・・・いつもアナタって実力行使、で・・・」
「で?」

ふ、とフランソワーズが顔を上げた。目の前には、にやにや笑いのジョーがいた。

「・・・ホラ。やっぱりそういう顔してた」

体はジョーの腕に預けたまま、頬を膨らませる。

「いっつも言葉で言ってくれないんだもの。――肝心なコトは全部、そう」

「え。言ってるよ、ちゃんと」

フランソワーズの背中に回した腕に力を入れる。いよいよフランソワーズは立ってられないようで、自分の体重をすっかりジョーに預けてしまっていた。

「だって、・・・・いっつもウヤムヤにするの、ずるい」
「ウヤムヤになんかしてないよ。ちゃんと言ってるのに」
「言ってない」
「言ってるよ。――言葉にしないとわからない?」
「うん」
「――本当に?」

見つめる褐色の瞳が、自分の心の中まで見つめているようでフランソワーズは目を伏せた。

「・・・そんな顔するなんてズルイ」
「ずるくないよ。ズルイのはフランソワーズのほうだろ」
「どうして?」

彼女の問いに、ジョーは微かに頬を染め、

「・・・ホラ。そうしてまた訊くんだろう?――わかってるくせに」
「わかってる、って何が?」
「・・・ズルイのはきみのほうだよ」

フランソワーズを胸のなかに抱きしめ直した。自分と彼女との間に隙間ができないように、ぴったりと。
そうしてから、フランソワーズの耳元に唇を近付け――

「・・・・言わないとわからない?」

腕のなかで身じろぎするフランソワーズを動けないようにきつく抱きしめる。彼女が自分の顔を見上げたりできないように。

「――誰よりも大事だ、って」

が。
自分の言葉に対し、胸の中で小さくくぐもった声で言われたのは、ジョーにとっては青天の霹靂だった。

「・・・それだけ?」

「そ。それだけ、って、フランソワーズ」
「だって、知ってるもの。そんなのずうっと前から」
「・・・だったら、それでいいじゃないか」
「だめ。ちゃんと言って欲しいの」

フランソワーズが自分に何を言わせたがっているのか、見当がつかないようでそうでもないのだった。

「それ・・・いま言わなくてもいいだろう?」
「今じゃなかったらいつ言うの?」
「・・・・・・・・・・・・・・世界が終わる時」
「何よ、それ」

とうとうフランソワーズが顔を上げてジョーを見つめた。

「・・・ジョー、顔が赤い」
「うるさいな」
「どうして赤いのかしら」
「知らない」

ふいっと顔を逸らせた彼を見つめ、フランソワーズは大きくため息をついた。

「もう。――そんなに難しいこと?」
「・・・・・・」

冗談で言ったりからかったりして言うことは容易だった。けれど「いま」彼女が求める答えを言ってしまうのには抵抗があった。
「いつか」必ず言うと決めてはいるものの、その「いつか」は――「いま」ではないように思えた。

「私は嫌よ。――世界が終わる時なんて。・・・どちらかの最期の時に聞いても、全然嬉しくない」

最期の時。
そんなの考えたくもなかったけれど、けれども「いつか」必ずやってくる別れの時。
その時に――いちばん最期に聞くのなんてゴメンだった。

「だって。絶対、アナタが――いなくなる時でしょう?そんなの・・・言われた私はどうすればいいの?私もよ、って答えても聞いてくれる時間はあるの?・・・勝手に言って、逝っちゃうなんてズルイ。そんなの、絶対イヤ。許さない」

目に涙を溜めて言い募るフランソワーズに、ジョーは軽く息をついた。

「・・・・泣くなよ」
「だって」
「・・・・愛してるから」
「!?」

そうしてジョーは唇を重ねた。続く言葉は直接彼女のなかに残された。

 

『ほら――いつもこうして伝えているだろう?』