「ごはんつぶ」
  「よし。できたっ」 「まったくもう…明日早いんだってどうして言ってくれなかったのよ」 今朝、目を覚ましたらジョーがちょうど出かけるところだったのだ。 「言ってくれたら、朝御飯だって」 ちゃんと準備したのに。 自分の勤めるパン屋さんとジョーの勤務先は近いから、出勤がてら差し入れてくる算段であった。 ジョーの勤務先は個人経営の自動車修理のお店である。車好きの社長とジョーのふたりでやっているから、毎日忙しい。 フランソワーズが着いた時は、ちょうどひと段落したところのようだった。 若い女性がジョーと社長に飲み物を持ってきたのが見えた。 知らないひとだった。 が、ジョーに聞いたことがある。 社長の娘さんが時々手伝いに来てくれるんだよと。 どうせなら御挨拶しておこうと思い、そのまま進んだ……が。 ジョーの頬についたごはん粒をとり、彼女はそれを口に入れた。 「ジョーったら子供みたい」 なんなのだ、この親密さは。 そんなに仲が良いなど聞いていない。 目の前の光景に、フランソワーズは一歩も動けなくなっていた。  
   
       
          
   
         ―1―
         フランソワーズは満足そうに頷いた。
         ジョーのお弁当である。
         いつもは出掛けに渡すのだが、今日は機械の点検とかで随分早く出掛けていった。
         だからお弁当を用意する間がなかったのだ。
         あとで届けるわねと言ったフランソワーズにわかったと笑顔を見せて部屋をあとにしたジョー。
         朝御飯も食べていない。
         まったくもうともう一度言って、フランソワーズは手早く弁当を包んだ。
         昼の分はもちろん、朝御飯の分としておにぎり二つ。
         それらをエコバッグに入れると出かける準備をした。
         作業場の外に置いてある椅子に並んで腰掛け、おにぎりを食べていた。どうやら社長の差し入れのようである。ちょっと余計だったかなと気持ちが怯んだものの、でもせっかく作ったのだからとフランソワーズが踏み出した時。
         事務などいろいろやってくれるのだそうだ。だからきっと、彼女はその娘さんなのだろう。
         「あらジョー。お弁当ついてる」
         「えっ。どこ」
         「ここよ」
         「いやだなあ」
         「しょうがないひと」
         フランソワーズの足が止まった。
         聞かされていない。
  ジョーは女性にもてる。 まず外見に惹かれる。 ではなぜ、ジョーは女性にもてるのか。 それは。 フランソワーズはふたつめのおにぎりに噛みついた。   「あら、ジョー。お昼はどうするの」 と、思ったが、ジョーのことだ。目の前の女の子に気を遣ったのだろう。 胸にもやもやしたものが広がって、お弁当の味などさっぱりわからなかった。  
   
       
          
   
         ―2―
         それはもうずっと前からで、いま急に始まったことではない。
         が、それだけならすぐに飽きられる。
         普通はここで、話していて面白いとか一緒にいると楽しいとか、そういう要素が加わって飽きられなくなる。がしかし、ジョーにはそれらが全くない。無口だし、話題はないし、趣味は車だけであとは興味がない。下手をしたらオタクな男子と思われる(あながち大きく外れてもいない)。
         普通に考えれば、どちらかというともてない部類だ。
         無口なくせに、言って欲しいタイミングでぼそっと優しいことを言うからよっ。
         フランソワーズは苛々しながらおにぎりを頬張った。ジョーの朝食になるはずだったおにぎりである。
         めぐりめぐってフランソワーズの昼御飯になっていた。
         それに、意味のない笑顔よっ。深い意味はないくせに、照れたように笑ったりするからだめなのよっ。
         そして、本人がその効果を全く自覚していないし!
         それが彼のもてる一番の原因だろう。
         作為のない無邪気な笑顔。はにかんだ瞳。たまに憂いを帯びてどこか悲しげなのもいけない。おそらく、女性は母性を刺激されてしまうのだろう。年齢に関係なく。(そう、ジョーの魅力は全方位型だ)
         今日の昼御飯は量が多い。まだお弁当がふたつ控えているのだ。ジョーの昼御飯になる予定だったものと、本来の自分の分だ。別に意地悪してジョーに届ける約束を反故にしたわけじゃない。不要になったのだ。
         「あ、えっと」
         「いつもお弁当持ってきてるのに」
         「今日は早かったからなぁ。準備が間に合わなかったんだろう」
         「ウフフ。そんなことだろうと思って、パパの分と一緒に作ってきたの」
         そんな会話が耳に入った。
         ジョーは笑顔でありがとういただきますと答えていた。
         どうして、後で届けに来てくれるんですって言わないのよ。
         「もうっ……。こんなにいっぱい食べられないわよ」
         今頃どうしているだろう。
         フランソワーズのお弁当はどうしたのかなと心配しているだろうか。
  食べ過ぎた。 やけくそで食べた弁当ふたつはさすがに多かった。 お腹が空かないから、夕食の支度も気がすすまない。でもジョーはきっと腹を空かせて帰ってくるだろう。どんなに素敵な昼御飯を食べたとしても、今頃は既に消化されて胃は空っぽのはず。だから、彼のために何か準備したい……気持ちはあるのだけれど。 弁当ふたつプラスおにぎり二個は予想外の強敵であった。  
   
       
          
   
         ―3―
         フランソワーズは重い胃を持て余していた。サイボーグなのだから、消化力だって強化されているんじゃないかと期待していたのだが、どうもそういう機能はついてないようだった。
         しかも同じメニューなのである。見た目も同じ。味も同じ。半ばうんざりしながら完食したのだった。