「ただいま」
「今日、どうしたんだよ」 訊くまでもない。お弁当のことに決まってる。 「待ってたのにさあ」 だからハラペコだよとジョーはすねたように言った。 嘘ばっかり。食べたくせに。 どうしてそんな嘘を吐くのだろう。 悲しいのか怒っているのか、どちらでもないのか両方なのか、フランソワーズは自分で自分の気持ちがわからなくなった。 その時、ジョーの腹が鳴った。それはもう豪快な、尋常ではない鳴り方である。ただの「夕御飯が待ち遠しくて」な腹具合とは違う。例えば、半日以上何も食べてないかのような。 「本当に…何も食べてないの」 それは知っている。 「……それだけ?」 じゃないでしょ? 「うん」 嘘よ。 お腹空いたよフランソワーズ、と、ごはんを催促するように体をすりよせるジョー。 でも。だって。 じゃあ、社長の娘さんのお弁当は?
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こうして二人で普通の生活をしていると忘れがちだが、二人とも実はサイボーグである。 従って、いま本当に腹が空いているには違いないが、それがイコール昼に何も食べなかった証明にはならない。 故に。 ジョーは嘘を吐いた。 社長の娘が作ったお弁当を無下に拒否できるわけがない。それも一度はありがとうなんて言ったのだから。ジョーはまさかフランソワーズがその一部始終を見て知っているとは夢にも思っていないだろう。 もちろん、ジョーにしてみれば思いやりの嘘に違いない。彼が吐く嘘は全てにちゃんとした理由があって、それは大抵フランソワーズを傷つけないためのものであった。 ふりだろう。 実際には昼御飯を食いはぐれることはなかったのだから。 さて、では自分はどうしたらいいのだろう。 腹減ったごはんごはんと甘えてくるジョーの頭を撫でながら、フランソワーズは思案した。自分が朝に見た光景のことは言えない。となると、ジョーになぜお弁当を届けなかったのかを伝えなくてはならない。 なんだか納得がいかなかった。 が、これは厳然たる事実であった。いまここに第三者がいたなら皆がそう思うだろう。
焦がしても食べたのにと唸るジョーを一瞬抱き締め、夕御飯の支度をするわねとキッチンに向かった。 「フランソワーズ」 おにぎりか何か作ってくれると照れたように笑った。 「……わかったわ」 ジョーの嘘は完璧だ。これが「お腹が空いた」演技だなどと誰が思うだろう。
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「ジョーったら、そんなに急いで食べると喉に詰まるわよ」 おにぎりを嬉しそうにぱくつくジョーにフランソワーズはお茶を差し出した。 「いいからちょっと飲んで落ち着いて」 落ち着いたジョーは、少し食べる速度を落とした。 「今朝、ひと段落した時に社長がおにぎりをくれたんだ」
あまりに迂闊なジョーにフランソワーズは何も言えなかった。 しかしジョーは気付かず、話を続けた。 「でもさ、ほら、僕にはフランソワーズの御飯が届く予定だっただろ?だから困ったなあって思っていたんだ」 だったらそう言えばいいんじゃないの。 と、思ったけれど口にしなかった。 「で、お昼になって出してきたお弁当を見たら社長がびっくりしてさ。お前何があったんだって凄い剣幕で」 それは。 「ふうん……もてるのね。ジョー」 なんだかもう聞く気力も失せてしまった。が、ジョーはびっくりしたようにこちらを見たのだ。 「え。違うよ、いやだなあフランソワーズ」 社長も、なんだ朝から夫婦喧嘩かって驚いちゃってさ――というジョーの声が遠くに聞こえた。 「え。結婚してるひとなの?」 そんなの、知らないわ。 「で、ひと悶着あって、お前は弁当持って謝ってこいって彼女を追い返してさ。大変だったよ」 社長の弁当と愛妻弁当の差が大きくて、社長がちょっと可哀相だったよと笑った。 「じゃあ、……お昼御飯は」 なのに来ないんだもんなあと悲しげにため息をついた。
「……何か買って食べようって思わなかったの」 するとジョーはびっくりしたように目を瞠った。 「なんでフランソワーズのごはんが届くのに買うんだよ」 フランソワーズのごはんだったら買ったけどねと笑う。 嫌いになるだろうか。 怒るだろうか。 でも、勝手に誤解した自分が悪いんだしと迷っていたら、ジョーの頬に白い粒を見つけた。 「ジョー、ごはん粒ついてる」 しょうがないひとね――と言おうとして、それでは今朝見た彼女と同じセリフだと思い出した。それを言うのはイヤだったから、身を乗り出すとジョーの頬にくちづけた。 「え。何?」 自分が食われるかと思ったよと微かに頬を赤らめた。 「――社長の娘さんにもいつも子供扱いされるんだよなあ。いくら子供が二人いるからってそれはないよね。年だって同じくらいなのに」 だから、ジョーの頬についたごはん粒を躊躇なく口に入れたのだろう。子供にするのと同じように。 「……ウフフ。ジョーってもてないのね」
ジョーはもてる。 無口で無愛想で車オタクの彼氏である。 私、心配しすぎなのかも。 ごめんねジョー、と心のなかで謝った。
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