「ブラインドデート」
〜3組のゼロナイ〜


―1―

 

「可愛いね」

 

次のデートの時に着て行こうと思っていた春色のワンピース。
可愛いね、と言って貰えたら――と願ったことは何度もあった。
だから、それが叶った今、もっと喜んでもいいはずだった。
例え「次のデート」の相手がいつもの彼と違うひとであったとしても。
春色のワンピースの初披露が、当初予定していた相手に対してではなかったとしても。

 

「・・・ありがとう」

 

優しい声と優しい眼差しのなかでそう言われると嬉しくない訳はなかったから、フランソワーズは頬を染めて小さく言った。褐色の瞳の持ち主は目を逸らさずフランソワーズを見つめたままそうっと手をのばし、彼女の肩に手をかけた。

「あの、」

困ります――と、言うつもりだった。
けれども、見つめた先の優しい瞳に何も言えなくなってしまった。

 


―2―

 

「用意はできたかい?」

 

声をかけられ、フランソワーズは内心びっくりしながらもそれを表に出さず「ええ」と答えた。
命令形ではなく優しく訊かれるのは本当に久しぶりだった。
いつもなら、「行くぞ」の一言のもとにぐいぐい連れて行かれてしまうのだ。
もっとも、それに慣れてしまっていたから、手も繋がず並んで歩くというのはある意味新鮮ではあった。
が、すぐに何か物足りなく――寂しくなってきてしまった。
いつもの在り方が普通ではないのだとわかってはいても、自分は最早それがないと寂しくて落ち着かないのだろう。
因果なものである。

とはいえ、隣で自分の速度に合わせて歩いてくれる彼の声は耳に心地よくて――
しばし、その優しくて温かい空気に包まれ、ほんのりと幸せな気分に浸っていった。

こういうのんびりした空気は本当に久しぶりだったのだ。

 


―3―

 

「――さあ、行こう」

 

笑顔で手を差し伸べられ、フランソワーズは一瞬躊躇したものの――その手に自分の手を重ねてしまっていた。
どうして手を差し出してしまったのだろう――とは、後で思った。
そのくらい、彼の行動は自然だったのだ。

爽やかな笑顔と物言い。
それから、エスコートするのに慣れているに違いない物腰。黒曜石の瞳も印象的だった。
褐色の瞳よりも深い思いが根底にあるように思えてしまう。神秘の漆黒の瞳。

手を繋ぐのは安心できた。
もちろん、今まで手を繋いだことが無い訳ではないが、今隣にいる人はとにかく安心感を与えてくれた。
このひとは何があっても信頼できる――と、思わせてしまう。

そういう強い視線の持ち主だった。

 


―4―

 

自分としては、いつもそうするように肩を抱いてエスコートしているつもりだった。
が、腕のなかの彼女は身を硬くして視線は下を向いたままだった。

 

そんなに警戒しなくてもいいのになぁ。

 

髪の影から微かに見える頬が薔薇色に染まっている。それが妙に可愛くて、ジョーは知らず微笑んでいた。
だから、いつものようについ――

 

「可愛い」

 

と言ってしまった。
ふだん、綺麗だ、可愛い――は、挨拶代わりのようなもので、言っている自分としてもそんなに重視していない。
が、素直にそう思ったから言っている。そういう言葉だった。

腕のなかの彼女は驚いたように顔を上げて、それはもう真っ赤になって小さくありがとうと言った。
――そんな反応は新鮮だった。

 

・・・困ったな。本当に可愛い。

 

つられてジョーも微かに赤くなりながら、彼女の肩に回した腕を必要以上に狭めないよう気をつけた。
腕がつりそうだったけれど気にしない。
彼女は可愛いから、大事に連れて行かなければ。

それに――そう、今日は彼女とのデートなのだから。

この、可愛らしい彼女と。

 


―5―

 

のんびり歩きながら、ゆったり話しながら、ジョーはふとある思いに捕らわれていた。
それは

 

――手を繋ぐとか、腕を回すとか、ともかく何か・・・エスコートするべきだろうか?

 

ということ。
隣の彼女はどう思っているのだろうかと、ちらりと横顔に視線を飛ばす。

 

・・・綺麗だなぁ。

 

しみじみ思い、慌てて視線を引き剥がす。
うっかりしたら、ずっと見つめてしまうに違いない。

 

――綺麗すぎて緊張する。

 

そう、手を繋がず腕も貸さず、肩や腰を抱くこともしないのは、いま、手のひらにじっとりと汗をかいているせいでもあったのだ。あまりに綺麗な彼女を前に、やたらと緊張してしまう。
隣で周囲に目を配りながら――彼女と話すのが精一杯。

でも、慣れなければいけないのだ。
なにしろ、今日は彼女と一日過ごすことになるのだから。

ジョーは彼女の声にそちらを向いて、にっこり微笑んだ。

 


―6―

 

手を繋ぐのに慣れているような彼女に、ジョーはやや違和感を覚えていた。
とはいえ、彼女に対する不快感などではない。
そうではなく、自分自身に対する違和感だった。

自分は他の女の子と手を繋いだりなんて絶対しない――と、思っていたのに。
もちろん、この彼女はそういう意味合いでは「他の女の子」という範疇ではないのだろうと思う。
しかし、自分の手をしっかり握り返してくる、頼りにされている感覚は不思議な感じであった。

普段は――おずおずと繋がれる白い手。ぎゅっと握るとびっくりしたように離そうとしてみたり。
ミッション中は手を握って走ることなどしょっちゅうで、慣れているはずなのに。

 

「ジョー、どうかしたの?」

「いや――なんでもない」

 

微笑みながら、蒼い瞳を見つめ――こうしてまっすぐ相手を見つめ合えるというのはいいものだなと思っていた。
いつもは大体相手が先に視線を逸らせてしまうから。

しかし、こうもまっすぐ見つめられるとそれはそれで落ち着かなかった。
いったいいつ視線を外せばいいのかわからない。そのタイミングも掴めなかった。

 

このままいくと今日は大変だぞ――今日は一日彼女とデートするのだから。

 

組み合わせの予想はついたでしょうか?