―3― 「新ゼロの事情」

 

「ジョー」

新ゼロフランソワーズが新ゼロジョーの頭をつんつんする。

「反省した?」
「……」

けれどもジョーは無言だった。抱えた膝頭に額をつけたまま動かない。すねているのかもしれなかった。
フランソワーズは猫撫で声で続けた。

「お客様も来てるんだし、あなたも相手をしてちょうだい」

しかし、返事はない。
フランソワーズはジョーの傍らにぺたりと座り込んだ。

「もうっ、ちょっと鼻をつまんだだけじゃない。そんなに落ち込むようなこと?」
「……痛かった」
「痛くしたんだもの」
「鼻がもげそうだった」
「大丈夫よ、博士もいるしすぐくっつけてもらえるわ」

ジョーは小さく、そういう問題じゃないと呟いた。

「なあに?聞こえないわよ?」
「……」

再びダンマリをきめこんだジョーにフランソワーズはやれやれと息をついた。

「ねえ、ジョー。そろそろ反省するのもすねるのも切り上げてくれないかしら。これじゃあまるで、私があなたをいじめてるみたいじゃない」
「いじめただろ」
「あら、いじめられたのは私よ」

ジョーは黙る。

「まったくもう。告白された相手に断るのが申し訳ないから、っていちいち相手の言うなりに付き合ってあげる癖はどうにかならないの」

ジョーはもてる。
そして、よく告白もされている。
が、ジョーはフランソワーズを何より誰より愛していたから、どんな相手がやってきたって「ごめんなさい」を言う。それは冷たく素っ気無く。
しかし、そのジョーの返答により傷ついた相手が涙ぐむと途端に及び腰になって、相手が「最後の思い出に一緒に」出かけてくださいと懇願すると、つい「はい」と答えてしまう。
涙が苦手だというわけではなく、要は「どうしたって断るしか出来ないこと」が申し訳なく、「辛い思いをさせてしまう」ことが苦手なのだ。だから、少しでも相手の気がすむなら――と、付き合ってしまうことになる。
それが女の計算であることにも気がついていない。
フランソワーズはそれを逐一報告してくるジョーに怒ったりはしなかったが、呆れてはいた。呆れて呆れて、いい加減に放っておこうかとも思ったけれど、そうすると今度はジョーがとてつもなく落ち込んでしまうのだ。
曰く「妬いてくれない」と。
まったくメンドクサイわ、と言いつつ、そんなジョーの相手をしてしまうフランソワーズもまたジョーをとっても愛しているのだった。だから時には本気でやきもちを妬いてみたりもするのだけれど。

――それにしても限度があるわよ!

思い出したのか、フランソワーズの顔が少し紅潮する。

「映画。食事。ドライブ。みるひとがみたら、どれも間違いなく浮気よ?」
「ちがっ……」

跳ねるように顔を上げたジョー。その鼻をつまんでフランソワーズは続けた。

「そうよ、違うのよね?知ってるわ。ジョーにそういうつもりはこれっぽっちもないって。でもね」

指先に力がこもる。

「それでも、やなものはやなの!」

ぱっと鼻を離すとジョーの額にデコピンした。
反動で膝を抱えた姿勢のまま転がるジョー。
フランソワーズはつんと顔を背けた。

「ジョーのばか」
「……うん。ごめん」

フランソワーズの腕を掴んで起き上がり、ジョーは神妙に言った。

「……泣くなよ」
「泣いてません。ちょっとゴミがはいったの」

泣いてない言い訳があまりにも古典的で、ジョーは笑ってしまった。
そして。

「うん。ごめんね、フランソワーズ」
「ばか」
「うん。次からはきみにわからないようにするから……わっ!」

言っている途中でクッションが飛んできた。

「ちがっ、そうじゃないってフランソワーズ!」

 

 


 

―4―

 

そんな二人を旧ゼロと超銀のふたりの009は無言で見つめていた。


――こ。怖い……。


ふたりのジョーは、しばしソファの上で動けなかった。
この瞬間だけは二人は誰よりも互いと新ゼロジョーの理解者であった。


「……甘いわね」
「ええ、甘いわ」

スリーと超銀フランソワーズがポツリと言う。

その声に、揃って背筋に冷たいものが流れたふたりのジョーだった。