―5― 「旧ゼロの事情」
「甘い、って、言ったってさ。僕は浮気なんかしないから関係ないだろう?」
新ゼロギルモア邸からの帰り道。旧ゼロのふたりは手を繋いで坂道を下っていた。
今日はお中元と暑中見舞いに顔を出しただけだから、もとより長居するつもりはなかった。
たまには電車で出かけたいわというスリーに、だったら僕もアルコールが飲めるなと頷いたナインである。
今からどこへ出かけようか、楽しく検討する帰り道。……の、はずだったのだが。
「浮気なんて信じられない。男のひとってどうしてそうなの!」
新ゼロジョーは浮気したわけではなかったが、先程のふたりの遣り取りは傍目にはそうとしか見えず、スリーはずっと
おかんむりだった。
「おいおい、ずいぶんグローバルな話だな。地球上の生物の約半分は男だぞ。それを敵に回すのかい?」
「だって。……そういうジョーだって男のひとだわ」
「ふん、男っていう生き物は虫でも魚でも全てそうなってるんだ。自分の遺伝子をできるだけ多く残したいという、いわゆる本能だな。人間の場合、本能より理性とか道徳心が強いからパートナーは限定されるけど」
「……ずるいわ、生物学的特徴を持ち出すなんて」
スリーは膨れた。
そういう話ではなく、もっと個人的な……そう、ナインが浮気に興味があるのかどうか、そういう話をしたかったのに。
「ずるくないよ」
「ズルイ」
「ずるくないって。大体、僕のように理性的な人間がそんなことをすると思うかい?」
「でもジョーだって男のひとだわ」
「いいかい、僕は正義の戦士009だ。そんなことをするわけがない!」
ナインは言い切ったぞと胸を張ってスリーを見た。
しかし、スリーは地面を見たままだった。
「……009だから、なの?」
「え?」
「浮気しないのは、あなたが「009」だから?」
スリーの足が止まる。
「フランソワーズ?」
「009はそういうことをしない正義の戦士だから?」
ナインはちょっと首を傾げ……そして前を向くと、繋いだ手を乱暴に引いて歩き出した。
つんのめるようにスリーが続く。
「ジョー、速いわ、待って」
早足のジョーに引っ張られて小走りになるスリー。
「どうしたの、急に」
「……じゃないよっ」
ナインの声が潮風になぶられ途切れる。
「えっ?なあに?聞こえないわ!」
「009だからじゃないよ!」
「だっていま」
そう言ったのは、他でもない当人ではなかったか。
「009は浮気なんてしないけど、それだけじゃない。僕は」
ぐいっと引かれる手。
「僕個人は」
繋いだ手が熱い。
「よそみしている余裕なんてないからね」
そうして、ますます早足になって、まるで駆けていくみたいになって。
その彼の耳が赤くなっていたのは、たぶんスリーの見間違いではないだろう。
***
「よそみ、って?」
「うるさい」
「ね、どこを見るの?」
「知らん」
「だって、じゃあどこから目を離さないの?」
「教えないっ」
「ジョーの意地悪」
「ああ、僕は意地悪だとも」
バス停に着いてから、ナインはスリーから質問攻めに遭っていた。
まっすぐ見つめてくるスリーの視線から逃げるようにあっちを見たりこっちを見たりするが、スリーも負けじと彼の視界に入り込んでくる。
いったいバスはいつやって来るのか。
30分後だということは、知らないほうがナインは幸せかもしれない。
|