電話を切った後、ナインはいらいらとリビングをぐるぐる回った。

ゴーチェだって?あのロマンチックな王子さまじゃないか。

お月様にお願いしましょう・・・と乙女な事を言ったスリーに、真面目な顔でそうだねと言い、彼女と月を見ていた男。あの時の自分はどうだったかというと、

「けっ。月にお願いだと?そんなものに頼るより僕に言え」

という気持ちだった。ナインに月を愛でる趣味はない。

しかし。

平然と、さも当たり前のようにスリーの肩を抱いた彼を見て、だったら自分も乙女なスリーに付き合うべきだったと歯軋りしたのもまた事実であった。

その彼と会うのだという。ナイン抜きで。

何度目かの悪態をつきかけ、ナインは足を止めた。

――いや。待てよ。
何故わざわざ僕に言うんだ?こっそり二人で会えばいいだろうが。

しかし、あれだけ屈託なくあっけらかんと「今度、ゴーチェと会うの」と言うからには、彼女にとってはそれ以外の意味などないのだろう。あるなら、自分には言わないはずだ。

と、いうことは。

問題は・・・ゴーチェか。


彼は最初からスリーに執心だった。

ならば。

二人を会わせるなど許せるものか。

フランソワーズは――僕の、だ。

 

 

 

 

「だけど、そのジローがいったい」

なぜ君を知ってるんだ。

会わせた事はないはずだった。

「偶然だったのよ。博士のおつかいで研究所に行った時に知り合ったの」
「博士の・・・」

おつかいって何だろうと思いつつ、再度訊く。

「だからって、どうしてジローが」
「ギルモア博士の名前を聞いて、もしかしてジョーを知りませんかって訊かれたの。古い友人なんですってね。ジョーのことを聞きたいから、今度食事でもしませんかって」
「だったら僕に言えばいいだろう」
「ん。私がジョーは忙しいんですって言ったの。そうしたら、あなただけでも是非って言われて」

ジョーはひとこと、ううんと唸って黙った。
確かにフランソワーズの話は筋が通っている。
おそらく、彼女からみればジローは自分の友人なのだから、失礼があってはいけないと気を回したのだろう。

しかし。

ジローのヤツ。

ジョーは拳を握った。

アイツは昔からそうだった。俺が気に入ったものは自分も気に入る。そうやって人の後をついてきて、最終的には取り上げるんだ。

それはジローがどうこうと言うわけではなく、譲ってしまうジョーが甘いだけなのだが、ジョーはそれに気付いていない。あるいは、簡単に譲ってしまえるくらい、気に入ったものに対してさえ執着がなかったとも言えるだろう。
その頃のジョーには大事なものなど、なにひとつ無かったのだから。

しかし。

今は違う。

譲れない。絶対に。

 

 

 

 

電話が切れた後、ジョーは呆然と受話器を見つめ――そうしてそれを握り締め、壊してしまった。が、それには気付いていない。意識の外である。
既に褐色の瞳には険しい色が浮かんでいた。


――僕を本気で怒らせたね?フランソワーズ。


いったいどこで合コンなのか時間も場所も知らない。
今、フランスと日本の国際電話だったのだということもどうでも良かった。
ともかく、フランソワーズが自分のいう事を聞かず他の男に会おうとしている事実だけがあればよかった。


・・・遠く離れていれば止められないと思っているね?――甘いな。フランソワーズ。


口元に笑みが浮かぶ。


僕が黙って受け容れると思っているのかい?
そんなはずが――ないだろう?

その場所がどこであろうと。
例えいま自分の居る場所の反対側の地球上でも。
あるいはそこが宇宙の果てだとしても。
それでも僕が黙って見過ごすわけがない。

そんなこともわからないのかい、フランソワーズ。


――僕を甘く見るな。


そしてクローゼットから防護服を取り出す。


僕の言うことを聞かない子にはオシオキが必要だ。

容赦しないよ?