「フランソワーズ!!」


三人の009が同時に叫んでいた。
異なる場所であったけれども、くしくも同じ時刻であった。


 

 

「あら、ジョー。どうしたの?」


くるりと振り返ったスリーは、普段よりも可憐で可愛くて綺麗だった。
初めて見る、瞳と同じ色のワンピース。衿と袖口が白く、ウエストでふんわりとリボンが結ばれている。
そして同じ色のカチューシャ。バッグは白で靴も白い。清楚を絵に描いたようだった。


「・・・どうしたのか、って?」


ナインは低い声で答えた。
初めて見る姿のスリー。自分とのデートでは着たことのない服だった。


それを――他の男のために?


今の彼女が普段より可愛くて綺麗なのは、ナインではない別の誰かのために装ったからだった。
その事実がナインを打つ。


「だって今日は出かけるのよ?」
「――だろうな。そのカッコを見ればわかるよ」
「あ、やだわもう」


頬が赤くなるのも可愛かった。が、それは――自分のものではない。


――フランソワーズを愛でていいのは、この僕だ。

僕だけだ。

こんな――いつもよりも数段可愛い彼女を他の男のもとにみすみす行かせる男がいるだろうか?


「・・・ジョー?怖い顔。どこか痛いの?」
「違う」


いや――痛いのは胸の奥だと言えばいいのだろうか?

そうすれば彼女もことの重大さを認識するだろうか。


「――これから、あれか。合コンとやらに行くのか」
「ええ、そうよ。もうっ、遅れちゃうわ。バスが行っちゃう」
「・・・行かせるつもりはないと言ったら?」
「えっ?」


スリーはナインを見つめた。

ナインもスリーを見つめた。


「もうっ、ジョーったら。冗談はやめてちょうだい。私、本当にもう行かなくちゃ」


踵を返すスリーの腕を掴むと、ナインは乱暴に引き寄せた。


「僕は本気だ」
「えっ、ちょっとジョー」
「行かせるつもりはないよ」
「でも」
「行かせないと言ったら行かせない」


スリーはじっとナインを見つめた。
黒い瞳は怒りを帯びているようだった。が、その奥にはどこか――辛そうな色が見えないだろうか?


「・・・ジョーったら」


スリーはナインの目をまっすぐ見つめると、ふっと笑みを浮かべた。


「――ばかね」

 

 

 

 

ゆらりと物影から出てきたジョーの姿にフランソワーズは息を呑んだ。

いつもの優しい瞳と違う――ような気がする。
過去に何度も因縁をつけられたという噂の「飢えたような瞳」。
それは彼と知り合った当初には、時々見たような気がする。が、それ以降は一度も見ることがなかった。


「・・・ジョー?」
「どこに行く気だ」
「どこ、って・・・お食事会に」
「ジローと?」


バカにしたように嗤う姿に愕然とする。

「ふうん。本気だったんだ」
「え。だって――」
「僕は許可していない」
「許可?」
「行ってもいいとは一度も言ってないはずだ」
「・・・そうね」
「なのに君は行くつもりなんだろ。ジローに会いに」
「だって約束だもの」
「ふん。――フランソワーズは行かなくていい」
「え、でもっ・・・」
「僕が代わりに行く」
「え!?」
「別に構わないだろう?もともとはそういう話だったんだからな」
「・・・そうだけど・・・」
「それとも君は楽しみにしていたとでも言うつもり?」
「・・・だって、他の子と久しぶりに逢うのよ?」
「だったら女だけで会えばいいだろ」
「・・・」

フランソワーズはジョーの真意を測りかね、ただじっと彼を見つめるばかりだった。


「いいね?僕の言うことを聞くね?」


フランソワーズは答えない。


「――帰るんだ」


低く言って前髪で顔を隠すジョーに、フランソワーズは一歩踏み込んで彼の頬にそっと手をあてた。


「・・・ばかね」

 

 

 

 

声がしたのと目の前に竜巻が起こったのが同時だった。


――ジョー?


声にならない。
ああ、加速してるんだ・・・とぼんやりと思った。
どうしてここにいるのだろう?と思ったのは、それから数瞬の後だった。

確か、時間も場所も教えてないはず。

目の前の赤い色は防護服の色だった。
胸に抱き上げられている。周囲の景色は全く見えない。が、服が燃えていないことを思えば、どうやら彼なりに速度を落としてくれているらしい。せいぜい――F1マシンレベルの速度といったところか。

それでも、びゅんびゅん飛んでいく景色は見えなかったし、何より、凄まじい風の音と圧力でただただ彼の胸に顔を伏せているしかなかった。

時間にすれば数秒だっただろうか。

不意にそれら全てが消えて、辺りは静寂に包まれていた。
そして地面に下ろされた。


「・・・あの、」
「どこに行くつもりだったんだ?」
「別に――どこでもないわ」
「嘘を吐くな」
「嘘じゃないもの」
「――フランソワーズ。いいか、「僕は君が嘘を吐いていることを知っている」んだ」
「・・・」


フランソワーズはジョーの胸から逃れるように手のひらで押した――が、よろけたのは自分のほうだった。
ジョーはびくともしない。
よろけたフランソワーズの腰に腕を回し当然のように支えた。


「嘘吐きにはオシオキが必要だ」
「・・・オシオキ?」
「そう。そのために僕はここに来た」
「そのために、って・・・」


フランソワーズが呆然とジョーを見つめる。

暗褐色の瞳。

ジョーは――怒っていた。


「――怒っているのね、ジョー」
「当たり前だ」
「・・・当たり前なんだ」

フランソワーズの口元に笑みが浮かんだ。

「そう・・・当たり前なのね」
「何がおかしい」

「だって・・・ばかなんだもの」