「一年に一度だけ」
そんなの無理だよ――と、あなたは笑った。 私は、意外と慣れれば大丈夫なものかもしれないわよと笑いながら言った。 「僕には無理」 きっぱりと言い切った。更に 「毎日でも河を渡って会いに行くし、それによって罰せられても構わない」 などと言って、胸の前で腕を組み、この話はこれで終わりだという風に目をつむった。 私は彼の隣に座って、アイスコーヒーをひとくち飲んだ。 今は、怒っているのか拗ねているのか、あるいは眠っているのか定かではない。 ・・・・。 ううん。 それにしても、河を渡って毎日会いに行く、なんて。 そんな光景を胸に描いてみた。 河を上がったジョーはびしょ濡れで、私は周りを警戒しながら――だって本当は年に一度しか会えないんだから、これは違反なのよ――ジョーに着替えとタオルを渡して。 ――それが毎日続く。 毎日決まった時間なのかしら。 そして、翌日も私がいなかったら? ジョーは何を思うだろうか。 数回そういうことが続けば、もう来るのをやめてしまうだろうか。 あるいは――私が彼を避けていると思うかもしれない。 それでも河を渡ってくるときのジョーの気持ちはどんなんだろう? だって、もしもそれが――逆だったら? それでも――ジョーが来なかったら? 私は彼に嫌われてしまったのかもしれないし、彼に他にいいひとができたのかもしれないと思うだろう。 私は隣にいるジョーの肩にそうっともたれた。 でも。 ジョーと一緒なら辛くない。 「だから言っただろう?」 眠っているとばかり思っていたのに、不意に声が降ってきて驚いた。 だから私は、また夜空を見る。 伝わってくる温かさに安心しながら。
すると彼は真顔になって
ただの例え話なのに、むきになって。
本当に仕方のないひと。
ウッドデッキにあるベンチ。そこに並んで夜空を見ていた。
ここは高層ビルもないし、賑やかなネオンもないから、都会と比べればまだ少しは星を見る事が出来る。
でもやっぱり、天の川なんて見えるわけがなくて、光点は申し訳程度に瞬くだけだった。
降るような星空というわけにはいかない。
もっとも、ジョーは星空には興味がなくて、渋々私に付き合っていたようなものだけど。
それも、例え話をするまでのことだった。
すっかり静かになってしまったジョーを隣に、私はひとり空を見る。
――女の子ってそういう話、好きだよなぁ。
呆れたように言うジョーの声が耳に残っている。
さっき「もしも一年に一度しか会えなかったらどうする?」と訊いたときの、第一声がそれだった。
そうして、続く言葉が「そんなの無理だよ」だったのだ。
そんなの無理。
即答なのは嬉しかった。
でも。
・・・本当に?
疑念がよぎる。
あるいは、私がそう言って欲しいと思って、それを察して言ったのかもしれない。
ジョーがそこまで気を回すとは思えない。だからきっと、これはやっぱり彼の本音なのだろう。
それって最初は嬉しいかもしれないけど、途中から鬱陶しくなるかもしれないじゃない。
「また」来たの?って。
でもきっと、ジョーはその前に私を抱き締めるのに違いない。
それで、一緒にびしょ濡れになった私が彼を怒って――
意外と楽しいかもしれない。
ジョーは何を思って泳いで来るんだろう?
私に用事があって、あるいは今日はいないかもしれないとは思わないのだろうか?
もしも、私が待っていなかったら?
それでも、翌日もまたやって来るのだろうか。
楽しい夢想は、そこまで考えてあまり楽しくなくなってしまった。
会いたくて、河を渡ってくるジョー。でも、私はそこにはいない。
彼を待ってはいない。
それとも、諦めずに来るのだろうか。
なんだか切なくなってしまって、私は軽く頭をふってとりとめもない夢想を追い払った。
毎日決まった時間に来ていたジョーが、ある日突然来なくなったら?
毎日毎日、待っても待っても来なかったら?
私はきっと、一日中川辺で待ち続けるだろう。来る日も来る日も。今日はジョーが来るかしらと淡い期待を胸に抱いて。
でもそんなことは――
そんなのは。
そうして、小さく言う。
「さっきの撤回。私も無理だわ」
会いたくて会いたくて、河の向こうをずうっと見つめて、愛しいひとの姿が見えないかと探すだろう。
そして。
「・・・きっと私も河を渡るわ。だから、ジョーとは途中で会うのよ」
そう――きっと、そうなるだろう。
そうして二人、罰せられるのだ。
だけどジョーは腕組みしたまま動かない。目も開けない。