新ゼロ「ハロウィンの夜に」
都会のハロウィンになんて行くもんじゃない。 ハロウィン。 ジョーは深いため息をついた。 いやほんと、よくも無事だったもんだ。 しみじみ思った。フランソワーズの寝顔を見ながら。 さっき帰ってきたばかり。 ベッドに寝ているティンカーベルとその傍らにいる王子様。 ジョーは今年も王子様だった。さんざんごねたのにダメだった。フランソワーズがティンカーベルなら、ピーターパンかフック船長をやりたかったのだがそれはもう決まっていた。 もういやだ。 来年はどこかに行方をくらまそう―― ジョーは固く心に誓った。 「ん……」 ジョーはじっと彼女を見つめた。どうやら――ちょっと笑ったみたいだった。 本当はキスしても良いのだろうけれど。 なにしろ今は王子だし。 けれど。 「――おやすみ。フランソワーズ」 王子がキスするのは姫を起こしたいときだから。 ジョーは静かに立ち上がるとそっと部屋の電気を消した。
ジョーはしみじみそう思った。
そう、今年は夢の国ではなく渋谷に行ったのだ。ハロウィンに。
それがいったいどういうものなのか、未だジョーにはわかっていない。否、わかる気がないというのが正しい。
ジョーにしてみれば、舶来の祭りである。日本人には全く関係がない。
だから別にどうでもいいし、実際にどうでもよかったはずなのだ。数年前までは。
それがここ数年、フランソワーズが妙に盛り上がっていてとうとうギルモア邸にも波及した。
たぶん、バレエの友人たちが問題なのだろうとジョーは思っている。なにかというとフランソワーズを巻き込んで――そしてそれが楽しそうときている。いや、それはいい。フランソワーズが楽しく過ごしているのは嬉しい。が、それに自分も巻き込まれるのは論外である。
よくもまあ生還できたものだ。大袈裟ではなく本当にそう思った。交通整理をしている警官には並々ならぬ敬意を抱いた。なにしろその時の自分ときたら、己自身と彼女のことしか考えられなかったのだから。
いかに無事にこの喧騒を抜けるか――それしか考えられなかった。世界の平和とか万人の幸せなど二の次であった。だいたい――だいたい、浮かれてはしゃいで、「ハロウィン」という行事に酔っ払っていたフランソワーズ。大人しくしろというほうが無理で、誰彼構わず仲間にして一緒にはしゃぐというおそろしい所業に出ていた。ジョーはいわばお目付け役で、フランソワーズを連れて無事に帰るという難易度の高いミッションを押し付けられた。
背負ってきたフランソワーズはとうの昔に夢の国の住人になっていたから、そのままベッドに寝かせたのだった。ジョーも扮装を解いていない。いまここに誰かが入ってきたら妙な光景を目にすることだろう。
彼女曰く、ジョーは永遠に王子様役なのだという。眩暈がした。しかも今年はチャーミング王子だ。いったいどの童話の王子なのかジョーにとってはどうでもういいことだった。
それに――今年も例の三つ子が一緒だった。ティンカーベルのお供になぜか――本当になぜか、三銃士。
金髪碧眼の羽のはえたフランソワーズに背が高い三銃士。嫌でも目立つ。だから脱出が大変だったのだ。
フランソワーズの寝言?
楽しい夢なのだろうか。ならば、今日いちにちは彼女にとって楽しい日だったのだろうか。
その夢がどんな夢なのか確かめる術はジョーにはない。だからそっと、フランソワーズの頭を撫でた。
王子は堂々とキスしてもいいはずだ。
今はまだ、そのときではない。