|     さて――何て言おう? 僕はフランソワーズを誘うのにあれこれ考えながら部屋を出てリビングに向かった。
 ――いつもの買出しとは違うんだ。だって、用もなくただ出かけるのだから。 そう考えて少し笑ってしまった。 出かけるのなんて、それ自体が目的なのに。用もなく・・・なんて変だよな。 敢えて言えば、一緒に出かけるための大義名分がないということだろうか。そう思えば、それこそが一番の問題のような気もした。
 フランソワーズは僕と一緒に出かけることに同意してくれるだろうか。 リビングにフランソワーズの姿はなかった。少しほっとした。
 が、やっと誘う決意を固めたのにその対象がいないとなると、それはそれで問題だった。
 僕の気持ちが固まっているうちにさっさと誘ってしまわなければ。
 いつ気持ちが萎えてしまうかわかったものではない。
 そのくらい、僕には自信がなかった。 ランドリールームを覗く。いない。
 
 キッチンを見る。いない。 いったいどこに消えたんだ。
 買い物に行ったのかと思いかけ、いやまだその時間ではないと判断する。フランソワーズは午後5時過ぎでないと買い物には行かない。確か、その時間帯だとタイムセールで割引になるのだとかなんとか言っていた。
 今はまだ午前中だから、彼女は邸内にいるはずだった。
 僕は他にフランソワーズがいるような場所を思いつかず――リビングに戻るとぼうっと外を見つめていた。前庭にはたくさんのシーツが風にはためいていた。
 たくさんのシーツ。 ――さっきはなかった。 僕はフランス窓から外に出た。
 「あらジョー。どうしたの?」
 びっくりしたように蒼い瞳が丸くなる。 「まさかお手伝いってわけじゃないわよね。雨が降っちゃうわ!」 そうしてコロコロ笑った。 「言えば手伝ったのに」「結構よ。シーツを干すのって意外とワザが必要なんだから」
 「ただ干すだけだろう」
 「ほーら。これだから男のひとは」
 そうして最後の一枚を干すと、洗濯カゴを手に取った。僕はそれを彼女の手からもぎとった。
 「僕が持っていくよ。このくらいはできるさ」「・・・ランドリールームよ?ちゃんと置いてね?」
 「信用ないなぁ。大丈夫だよ」
 そうして並んで歩き始め――僕は二三度咳払いをした。 「その・・・フランソワーズ」「なあに?」
 「明日、暇かな」
 「うーん。暇と言えば暇だけど、暇じゃないと言えば暇じゃないわ」
 なんだそれ。 「だって、お風呂のお掃除をしたいんだもの」「風呂掃除?」
 「ええ。いつもしているけど、ちょっと気になる部分があってね、それで」
 「・・・そんなの、誰かに頼めばいいじゃないか」
 「ちゃんとやってくれるならね」
 「いいよ。誰かに頼もう。そして明日、出かけないか?その・・・一緒に」
 「ジョーと?」
 こちらを見つめる気配がするけれど、僕はまっすぐ前を見つめたまま待った。もし目が合って、それがすぐに逸らされたらどうすればいいのかわからない。
 僕は何故か、フランソワーズに断られるのが凄く怖かった。他の女の子ならなんのダメージも受けないのに。
 「いいわよ」
 なのか 「行かないわ」 なのか。 僕はただひたすら待った。
 が、フランソワーズの答えはそのどちらでもなかった。
 「どうして?」
 どうして?
 僕と出かけるのに、理由がないと――駄目なのか。心が挫けそうになった。が、まだ断られたわけではないと自身を奮い立たせる。
 「――僕と一緒じゃイヤかい?」
 情けなくも声が震えた。
 フランソワーズは僕から視線を外し――じっと前を見つめた。
 そして、しばらくしてから――僕には何時間も経ったように思われた頃、小さくポツリと答えた。 「ううん。嬉しい」
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