新ゼロ「突然の告白」


「――愛してるよ、フランソワーズ」


その声は甘く切なくフランソワーズの耳朶を打った。


「……愛してるから。……ずっと」


ふだん、滅多に言わない言葉を二度も言った。
それはフランソワーズにしてみれば青天の霹靂であり、それはつまり「ジョーがふつうの状態ではない」ことを表しているに他ならない。
ふつうの状態ではないということは。

――どこかの敵に捕まっている?

あるいは

相当の危機的状況?
よく映画で見るではないか。進退窮まった主人公が最後に電話で愛する人に愛してるよと伝える場面を。

「いまどこにいるの」

場所を言ってくれたらすぐに駆けつける。そう言外に滲ませた。つもりだったのに。
無情にも切れる通話。

――何?

なんなの?

こんな……こんな、今生の別れみたいな。


こんなことって。


そんな。

 

 

***
***

 

 

『はい、では次は…あっ、そちらのお兄さんに聞いてみましょう。はい。突然すみません。恋人はいらっしゃいますか?』
「はぁ…一応」
『そうですか、よかった。実はですね、いま「街角で聞いてみました」というコーナーで男性に取材をしているんですが』
「あ…はあ」
『ズバリ、「普段彼女さんに愛してるよと言ってますか?」』
「え?は?愛し…え?」
『ああっ、その様子では言ってらっしゃらない。ではでは、今電話して伝えてみましょう』
「え」
『んん?愛してるんですよね?』
「あ、はい」
『でも伝えてはいない?』
「あ、…はい」
『実はですね、突然そう伝えられたらどんな反応をするか、っていう企画なんですよ』
「――はあ」
『ふだん伝えていない彼女さん、突然言われたらどんな反応をすると思いますか?』
「えっ…………」
『あらら。お兄さん、突然のシンキングタイム突入ですかっ。まあま、そんな深刻にならず直感で』
「……直感。……そうだなあ……彼女、フランス人なんで私もよとか何とか」
『まあ!彼女さん、フランス人っ。きっと情熱的なんでしょうね』
「あ、はあ…まあ」
『そんな情熱的な彼女さんに愛してるって言ってない?駄目ですよ、せっかくの機会ですし。ささっ、電話してみましょう』
「……はあ」
『ふふふ、楽しみですね。どんな愛の言葉が聞けるのでしょうか』
「――あ。もしもし。――愛してるよ、フランソワーズ」
『フランソワーズさんっていうんですねー』
「……愛してるから。……ずっと」

 

 

***
***

 

 

「いまどこにいるの」

 

その声を聞いた途端、ジョーは光の速度で電話を切っていた。
まずい、と本能が告げてくる。
何故なら、フランソワーズのその声は恋人の「愛してるよ」を受け容れるそれではなく、戦闘態勢そのものだったから。
おそらく、ふだん言わない言葉を聞いて――自分が何か窮地に陥っていると思ったのだろう。そんな声だった。

まさか、こんなおちゃらけた状況下で言われたのだとは夢にも思うまい。

というか、ここはギルモア邸からの距離50キロ圏内である。
まずい。彼女が本気を出したら――自分などあっという間に見つけられてしまうだろう。
そうしたら、誰かが救出に向けてやってくる可能性がある。
フランソワーズに頼まれたらいやと言えない輩しかいないのだ。この地球上で彼女にものを頼まれて断れる野郎はいない。
しかし。
有事ではないのだ。
もちろん、窮地でもない。
ただの「街角インタビュー」で、しかも――仲間と呑んだ帰り道だ。そして素面でもない。
非常にまずい。色んな意味でとてもまずい。
そんなおちゃらけた状況で言ったっていうのはともかく、素面ではない状態で言ったというのもまずい。
ふだんから言っているならともかく、そんなお遊びで言うなんてって絶対糾弾されるに決まっている。

「――う」
『あらら、お兄さん、ソッコーで切っちゃいましたねー。ん?あら?心なしか顔色が』
「あの、急用を思い出したので僕はこれで」
『え?あ、あの?…あらら、行っちゃった。照れ隠しでしょうかねー?はい。では、次は…あ、あそこの人待ち顔の彼氏、いってみましょう』

 

 

***
***

 

 

「あのぅ、フランソワーズ」

「知らない」


なんなのもう。心配したのに。
すっごくすっごく心配したのにっ。

酔っ払って帰ってきただけじゃなくあんまりまとわりついてくるから面倒になってつけたテレビからまるでリプレイのようにジョーの姿が映し出されたとあってはフランソワーズも平静ではいられない。あれが、こんなどうでもいいいちコーナーの取材だったなんて。

「いやだからその、いまその説明を」
「知らないっ」

ふだん言わないくせになんなの。こんなおちゃらけた取材でさらっと言うなんて。
信じられない。
こちらは窮地かと思って本当に心配したのにっ。

「ごめん、その」
「知らないっ」

帰ってきてから、やたらとまとわりついてくるジョー。
酔っているせいだけではなく、本当に反省しているように妙にしゅんとしている。

そんなジョーも可愛い。
そうよね、ジョーって少し落ち込んでいる時の憂いを帯びた瞳がいいのよね。

なんて、ちらっと心の片隅で思ってしまっている自分がなんだかもう信じられない。

「ああもうっ」

一瞬、ジョーがびくっとする。自分が言われたかのように。

「ねぇ、フランソワーズ」
「知らないっ。いい?私は絶対」
「絶対、なに?」

言ってあげないわよ、私もよ――なんて。彼の「愛してるよ」への返事なんか。

「知らないっ」


もうしばらくは。