「紫陽花が見てる」
そこは穴場と言っていいくらいひとけがない場所だった。 長い長い坂道に作られた幅の狭い階段。 その両脇に咲いている紫陽花。
「ジョー。まだ眠いの?」 ついでに言うと腹も減っている。 それに、目を輝かせあれも綺麗これも綺麗ねと指差し微笑む姿は可愛くて、なんだかそれだけでお腹がいっぱいになるかもしれないという錯覚もあった。
「別にっ」
フランソワーズがジョーの頬をひとさしゆびでつつく。 「やめろよ」 顔を除けるがフランソワーズの指はジョーの頬をつつくのをやめない。 「やめろって」 嫌がるジョーが面白いのか、フランソワーズは執拗に彼に構った。 「いい加減に――」 ジョーが本気で怒る刹那、フランソワーズは指先で彼の唇を封じていた。 「怒りんぼね、本当に」 そうして片手に持っていた傘を手放すと、ジョーの首筋に両手を投げかけ彼の唇にふんわりとくちづけていた。
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(C)みなっち様
キスが深くなろうかという手前、突然雨脚が強くなってふたりそろって天を仰いだ。 お互いの手に傘は無い。 「駄目だな」 一番下で捕まえた傘は、綺麗に並んで鎮座していた。 「だって――紫陽花が見てる」 僕たちに遠慮してくれるさ。
「駄目ね」
そうして笑い合うと、傘を拾いに階段を下った。手を繋いで。
「ま。傘も仲良しね」
「ふん。僕たちのほうが仲良しだ」
「ジョーったら。張り合ってどうするの」
フランソワーズが傘を手渡す。
ジョーはそれを受け取らず、フランソワーズの手首を掴んで引き寄せた。
「ジョー?」
「続き」
「続きって、駄目よジョー」
「どうして」
ジョーはちらりと紫陽花に目を遣ると、構わずフランソワーズに唇を近づけた。
「紫陽花だって――」
なんて思ってしまったジョーは、やっぱりずいぶんとオトメチックだった。
注:少女漫画的ゼロナイページに戻ります
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