「あなたの色に染められ」
「恋人の色に染められたことはありますか?」 「ええっと……」 つい隣を見てしまう。 「それはつまり彼のってことかしら?」 レポーターににっこりしてみせる。 「ええ、そうです」 フランソワーズは笑顔のままちょっと考えた。もちろん手は緩めない。 「うふ。あやすのが上手になったかしら」 *** ギルモア邸のリビングは爆笑に包まれた。 「あやす。確かにな!」 指差す方には、膝を抱えて向こうをむいている彼氏の姿。 でも、今は。 「ふふっ」 その小さくなっている姿を携帯カメラで記録すると、そっと彼に近付いた。 「ジョーオ?」 頭のてっぺんをそっとつつく。 「おやつのプリン、食べるでしょ?」 「あーんってしてあげるのに?」 間。 ジョーは無言ですっくと立ち上がるとフランソワーズの手を引っ張った。 「ジョーったら。そんなに慌てなくてもプリンは逃げないわ」 ころころ笑うフランソワーズがジョーに腕を引かれたままキッチンに消えていった。 「うまいなぁ」
―1―
突然目の前に差し出されたマイクと質問。
フランソワーズは目をぱちくりさせた。
しかし隣のひとは既に逃走体勢だった。状況判断が鋭く行動も迅速だ。さすが元F1パイロット。
が、その恋人の方が更に一枚上手だった。その腕をがっしと掴み、離さない。
「そうねえ……」
「……あの、すみません。お子さんの話ではなくて、恋人の」
「ええ、そうですよ」
「あやす」
「はい」
フランソワーズがインタビューされたのは、全国ネットの情報番組だったのだ。
「イワンはあやさねーもんな」
「おい、フランソワーズ出番だぞ。お前の男、あやされてーみたいだぞ」
昔は、どうしてすぐいじけるのかしらと思ったものだった。
どうすれば機嫌を直してくれるのかわからなくて、時には一緒に泣いたりもした。
「…………いらない」
「確かにあやすのうまくなったなぁ」
「でもさ、あれってジョーがフランソワーズの色に染められてるんじゃないか?」
ギルモア邸のリビングはしばしそれについて考え…たかどうか、定かではない。
「フランソワーズ。僕は赤ちゃんじゃないよ」 「あやすとか言うの、やめてくれ」 「僕は赤ちゃんじゃない」 そう低い声で告げるとフランソワーズの唇を塞いだ。 「赤ちゃんはこんなことしないだろ?」 キスとキスの合間に言う。 別に子供扱いしたわけじゃないわ そう溜め息と共に言えたのはしばらくの後だった。 「僕を子供扱いするからだ」 してないわ。 「これでわかっただろう?」 フランソワーズは小さく頷いた。 でもジョーは全く気付かず冷蔵庫にプリンを探しに行った。 実はここまでがワンセットなのだが、ジョーは気付いていない。
―2―
そう言うとジョーはフランソワーズの手首を掴み、自由を奪った。
キッチンへプリンを目指してやってきた。
はずだった。
が、ジョーの目的は実は違ったらしい。
あっというまにフランソワーズをキッチンの隅に追い立て、詰め寄った。
と、たった一言さえ言うひまがない。ジョーとのキスで忙しいのだ。
「もうっ……ジョーったら」
と、胸の裡で言う。
満足そうに。
落ち込んだあとの彼との本気のキスがフランソワーズは好きだということにも。
ほんと。すっかりあなたの色に染まっちゃったわ……