「黄金色の道」

 

 

黄色いじゅうたん。


そんなふうに思ってしまった自分をいたく文学的だなと思いながら、ジョーは隣のフランソワーズに目をやった。彼女はおそらく自分よりも文学的でロマンチックなことを思っているに違いない。

 

銀杏並木を手を繋いで歩きながら、ジョーは幸せだった。


何も憂うことがない日々。


他愛もないことでおこる小さなケンカ。


命を失う心配をしなくても良い毎日。


いってきますと出掛けて、おかえりなさいと迎えられる日常。


そんな全てが愛おしくて、幸せだった。

 

幸せ。

 

たぶん、こういうもの全てをそう言っていいのだろう。

今まで知らなかった感覚だから、ジョーは戸惑った。
けれど、隣にいるフランソワーズを見るのが嬉しくて、からだの中がほわんと温かくなってゆくのがわかる。
それは何とも心地好かったから、きっと幸せってこういうもんなんだろうなあと思った。
細部は違うかもしれないけれど、大きく外れてもいないだろう。


銀杏の葉を踏みながら、滑らないように気を付けながら、二人は一緒に進んでゆく。

 

「ん。なあに?ジョー」

彼の視線を感じたのか、フランソワーズが目を上げる。

「うん。・・・落ち葉が」

黄色いじゅうたんみたいで綺麗だね。

・・・と、笑顔で答えようとしたのに。

「そうね。帰ったらお掃除が大変!」

へ?

・・・掃除?

「なにポカンとしてるの?もちろん、ジョーもするのよ」

文学的でロマンチックはどこへ行った。

「みんなにも声かけなくちゃ!」
「あのぅ、フランソワーズ?」

誰一人逃がさないわよと決意表明する横顔にやっとの思いで声をかけた。

「・・・うちにイチョウなんてあったっけ」
「ヤダ、ジョー!冗談でしょ!」
「え。あ、いや・・・」

冗談ではないのだ。
ギルモア邸の周囲にイチョウがあるなんて覚えちゃいない。

「もうっ。これだから、男の人は」

フランソワーズはジョーの手を力一杯握りしめた。

「逃がしませんからね!」
「逃げないよ、痛いなあ」
「約束は痛みを伴うものなの」
「なんだよそれ」

お互いクスクス笑いあって、そうして進む金色の道。


「・・・この道も幸せに繋がっているのかしら」

フランソワーズがふと真顔に戻って呟くように問う。

「えっ?」
「オズの都に続く道みたいに」

・・・オズの都に続く道?

ジョーは一瞬考えて――小さい頃に読んだ絵本を思い出した。彼が読んだ数少ない本の中の一冊だった。
黄色いレンガの道を辿って行くと、オズのエメラルドの都へ着くという。そんなお話だったはず。
しかし、オズの都イコール幸せとは限らないのではないか・・・と、ジョーは思ったものだった。

けれど。

「・・・さあ。どうかな」

もしかしたら、オズの都そのものが幸せの象徴なのではなく、そこに至る過程――つまり、一緒に進む仲間がいるから、仲間を得たことが「幸せ」なことなのだと、そういうお話だったのかもしれない。その頃の自分には信頼できる仲間などいなかったから、わからなかったけれど。

でも、今は隣に――フランソワーズがいる。
二人で一緒に、こうして黄色い道を歩いている。たぶん・・・幸せに向かって。

そこまで考えて、ジョーの口元に笑みが浮かんだ。小さくふふっと笑う。

「ジョー?」

蒼い瞳がこちらを向く。

「うん・・・繋がってるっていうよりも」

今この瞬間だって僕は幸せなんだけどな。

「・・・いや、なんでもないよっ」

不思議そうなフランソワーズに構わず、繋いだ手を大きく前後に振った。

「もうっ、ジョーったら!」

二人の笑い声が風に舞う。

 

黄金色の道は続いてゆく。