「おやすみのキス」

 

 

「おやすみのキス」なんて知らない。

「おやすみなさい」?
何を言っているのかわからない。何故なら、僕は――眠らないのだから。

朝も昼も夜も、僕には存在しなかった。
全ての境界は曖昧で、混沌としていて。
朝が昼で、昼が夜で、夜が朝で。
「いま」がいつなのかわからない。

でも、わからなくても何も困らなかった。
僕のいる世界には闇しかなかったのだから。

一切、光の射さない真の闇。

そんな中では「おやすみ」も「おはよう」も、ただの言葉に過ぎず、何の意味も持たなかった。
僕はおそらく、一生この闇の中で生きてゆくのだろう。
身体を改造されたのもその中のひとつに過ぎず、殺人兵器となった後もそれは変わらない。
僕の闇はずっと続いてゆく。

 

はずだった。

 

彼女は僕に光をくれた。

一日には朝があり昼があり、そして夜がくるのだと教えてくれた。
闇と光は半々で、お互いにどちらにも良い点と悪い点があって、相反するようで似てもいるのだと言う。
もしもあなたが闇なら、私は光ねと明るく笑った。
相反するものでもお互いになくてはならない存在で、お互いが在るからこそ光は光の、闇は闇の役割を果たせるのだという。
だから、私とあなたはずっと一緒なのよと笑う。

 

本当にそう思う?


本当にそう信じている?


僕の闇がきみの光を侵蝕していることには気がついているのかい?

僕の闇はきみが考えているよりも深い。
だから、おそらくいつか、僕はきみの光を全て奪ってしまうだろう。
気付いた時にはもう遅い。
きみの周りは僕の闇で覆われている。何も見えない。
混沌とした世界しか、ない。


それでも、僕と一緒にいられる?
闇しかないのに。

きみの光は僕の闇に塗りつぶされてゆく。

僕の世界へようこそ。


今のうちに逃げないと、僕はこのままきみを闇の中へ連れて行く。
抱き締めて、絶対に離さない。

真の闇しかない世界。
それが僕だ。
きみが泣いても叫んでも離さないよ。逃げるなら、今のうちだ。

さあ。

逃げてごらん。

 

 

ただ

 

逃げるなら、必ず本気を出してくれ。

僕が絶対に追いつけないように。

 

 

 

 

 

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