「おうちでゴハン」 

 

―1―

 

 

「ねぇジョー。今日、ジョーのとこに行ってもいい?」

いつものように「いってらっしゃい」のキスを頬にしたあと、フランソワーズはきらきら輝く瞳でジョーを見つめた。

「僕のとこ?」
「ええ。ジョーのマンション」
「今日はこっち(注:ギルモア邸です)に帰ってくるよ?」
「あ、ううん。そうじゃなくって」

背伸びしていたのを元に戻して。

「・・・その、ジョーの部屋を貸してもらいたいというか」
「ん?」
「・・・観たいDVDがあるの」
「そんなの、こっちの方が大画面じゃないか」
「うん。そうなんだけど、その」

ちらりと背後を気にして、廊下の向こう、リビングにいる誰もこちらに注意を払っていない事を確認する。

「・・・ひとりで観たいの」
「ふうん?何観るの」
「あっ、恋愛ものよっ。でも、ほら、ここだと誰が来るかわからないでしょう?大画面テレビはリビングにあるんだし。だから、ジョーのとこでひとりでゆっくり観たいなぁ、・・・って」
「なるほど」

ジョーは小さく笑むと、フランソワーズの頭に手をのせた。

「わかった。いいよ、自由に使って」
「ほんと?ありがとうっ」

全身で喜びを表すかのようにハグしてきたフランソワーズをジョーは上手にかわす。

「ダメだよ、ほらっ・・・」
「いいじゃない、親愛の情よっ」
「ダメだってば。また行かれなくなるだろっ」

ジョーの顔が赤くなる。それを見て、フランソワーズも頬を赤らめた。

「ん、そうね。・・・でも、嬉しいの。ありがとう、ジョー」
「どういたしまして。――で、そうだなぁ。だったら僕も終わったらそっちに寄ろうかな。一緒に夕飯でも食べよう」
「わぁ、ほんと?」
「どこか予約してさ」
「あ、ううん。私が作っておくわ」
「え。でも」
「いいの、おうちに帰ってゴハンが待ってるのって、なんだか嬉しいでしょう?」

フランソワーズは「家」という概念を持たないで生きてきたジョーに、いつか「家」は温かくて寛ぐ場所だということをちゃんとわかってもらいたいと思っているのだ。だから、そういう機会は逃さないようにしていた。

「・・・そうだね。わかった。じゃあ、帰る時連絡するよ」
「好きなもの作って待ってるから」

・・・これってなんだか新婚さんみたいじゃない?

一瞬、顔を見合わせる。
くすりと笑い合って。

「・・・じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」

フランソワーズはジョーの背に手を振った。

 

 

 

 

―2―

 

 

「――えぇと、確かこのへんに・・・」

ジョーのマンションである。
彼をギルモア邸で送り出してから数時間後、フランソワーズはジョーの部屋へ来ていた。
勝手知ったる他人の家。
来る途中で調達した食材を冷蔵庫に納め、軽く掃除機をかけてから、フランソワーズはDVDを観る用意をしていた。
が、彼女は食材等を持ってきただけで、DVDは持っていなかった。
では一体、何を観るつもりなのか。

「あ!あった!」

ウォークインクローゼットの奥の奥。フランソワーズはダンボール箱を抱えて出てくると、密封されていたそれを解いた。

「・・・ふうん。ジョーはあの後観てないんだ」

ずうっと前に、自分がしまった時のままのようだった。たぶん、彼はあの後は手もつけていないだろう。おそらく、これがどこにしまってあったのかも知らないのに違いない。
フランソワーズはリビングへ向かうと、さっそく中から一枚取り出してセットした。
大画面にタイトルが映し出される。

「・・・・っ」

扇情的なタイトルを観ると、さすがに自分はとんでもないことをしようとしているのではないかと我に返りそうになる。しかし、ううん、これは自分のためであり、ジョーのためでもあるのよ!と叱咤激励する。
そう、これは大事なことなんだから!我に返っちゃダメ!頑張るのよ、フランソワーズ!挫けるな、フランソワーズ!