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ジョーの足取りは弾んでいた。何しろ、今日は「おうちにフランソワーズと彼女の作ったゴハン」が待っているのだ。
嬉しくないわけがない。
もちろん、普段のギルモア邸もそうではあるが、やはり二人っきりとそうではないのとでは意味合いが違う。
鼻歌なんぞ歌いながら、玄関のドアを開けた。

「ただいまっ」

いつもより弾んだ自分の声が少し恥ずかしい。
が、

「おかえりなさーいっ」

というフランソワーズの声も弾んでいるように聞こえ、これで帳消し、おあいこだなとにんまりした。

「時間通りね、ジョー」

さっき電話したのだった。

「うん。お腹すいた・・・・・わあっ!!」

ジョーは靴を脱ぐために屈んでいたが、フランソワーズの声が近くでしたので顔を上げ――次の瞬間、加速したかのような速度で後ずさり、玄関のドアに背中をぴったりとつけていた。
瞬間的な反射行動。危険物から素早く離れ、且つ退路を確保する。完璧だった。

「ふっ、ふっ、ふらっ・・・!」
「・・・笑ってるの?」
「ちがぁーうっ!!」

ジョーはこれ以上後ろに下がれないのが悔しそうに、ただただ玄関ドアに張り付いている。

「どうしたの?」

きょとんと見つめる蒼い瞳。
それはいつもなら大好きなのに、今日は何故か凶悪に見えた。何か――企んでいるような。

「どう、ってどう、って、そっちこそ、どうっ・・・っ!」

舌がもつれて思わず咳き込む。

「ああもう、ジョーったら。落ち着いて?」
「うわあああああっ、来るなーっ!!」

ジョーの大声にわざとらしく両手で耳を覆ったフランソワーズは、つんと唇を尖らせた。

「もうっ。さっきから何なのよ」
「何って何って、それはっ・・・!」

ジョーは全身汗びっしょりだった。不覚にも指先が震える。
自分はいったいどんな悪いコトをしてこんな目に遭っているんだと天を仰ぐ。

「ジョー?」
「寄るなっ」
「でも」
「頼むから、来るなっ!!」
「だけど、そんなに汗びっしょりで・・・具合が悪そうよ?」
「いいから!」
「・・・そお?」

フランソワーズはジョーへと伸ばした指を空中で止めた。
そうして、それを自分の唇へ持ってゆき――にっこりと微笑んだ。ちょこんと首を傾げて。

「だって、ジョー好きでしょう?こういうの」

 

 

 

 

「好きじゃないよっ!!」
「あらそお?」
「大体、どんな根拠があってそんなっ」
「・・・んふふ。秘密よ」

ジョーはやっと顔を上げた。けれども直視できない。が、それでも前髪の間からちらちらと見てしまうのは男の性なのだろうか。
好きかどうかと訊かれれば、答えはもちろんイエスである。嫌いなわけがない。もっと大きなくくりで言えば、今の彼女の格好が嫌いな男なんて、この広い世界にいるわけがないと思う。
がしかし、それとこれとは話が違う。
彼女がなぜ自分からこのような格好をしているのかも謎だったし、もしも無意識にしているようだったら、それはそれで大問題なのだ。
彼女の常識、とか、道徳、とか、そのあたりを確認しなければならない。何しろ、こういう格好をむこう――ギルモア邸でしでかしたらどんな事になるか。

ジョーはみぞおちが痛くなってきた。

「ジョー?」
「・・・なに」
「この格好、本当に好きじゃないの?」

しょんぼりと肩を落とす。自分の爪先を見つめて。
フランソワーズのそんな姿を見て、ジョーは大きく咳払いをした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好きだよ」

ぼそり、と呟く。
声が喉に絡んで掠れているのが我ながらみっともない。

「――ほんとっ?」

小さい声で言ったのに、彼女は絶対に聞き逃さない。
顔を上げると小さくぴょんと跳ねた。

「・・・・・ああ」
「ああ、良かったあ!だって、大変だったのよ!」
「・・・・何が」
「この格好をするのが、よ!」
「・・・・タイヘン・・・?」

むしろ、すごーく簡単じゃないのか?とジョーは思う。が、口には出さない。

「そうよ。工夫が必要なんだもの」
「・・・くふう?」

ジョーはいま一度、目の前の彼女を見つめた。が、どこをどう見ても工夫が必要な凝った姿とは思えなかった。

「そう、工夫よ!ここにあるもので何とかしなくちゃいけなかったんだもの」
「・・・え。でも、その格好って」

簡単じゃ、ないのか・・・・?

本来なら、彼女がなぜそんな格好で自分を出迎えたのか、そちらの疑問を優先させるべきであったが、ジョーは混乱していた。していたがために、その大問題はとりあえず許容し、彼女が「工夫が必要だった」という目の前の姿に焦点を絞る。
なぜなら、彼女の格好は本来ならば最も簡単に用意できるものだったからだ。
工夫が必要なんてこれっぽっちも思えない。脱いで、つけて、はい終わり――なのだから。

「ふら」

ジョーが言いかけたところへフランソワーズの声が被る。

「んん!もしかしてジョー、誤解してるでしょ?」
「え?」
「裸だと思ってるでしょっ?」
「えっ」

だって、どう見てもそうじゃないか。

ジョーは今や真正面から彼女を凝視していた。
フランソワーズはそんな彼の視線にも恥ずかしがることなく、腰に手をあててポージングまでしてみせている。

「似合う?」
「に・・・似合うも何も」

こういう格好に似合うとか、似合わないとかあるのだろうか?

「その下は、裸じゃ・・・・」

改めて言うと、やはり普通じゃないこの状況が強調され、ジョーは頭の中が熱くなった。このまま倒れるかもしれない。

「裸?」

フランソワーズは腰に当てていた手を解いて、エプロンの裾をちょいと持ち上げた。

「うわっ!!フランソワーズっ、なにをっ・・・・」